「第1章 遠い記憶からの始まり」 (3ー2)
(3-2)
夕食を食べ終えて、洗い物も済ませると、そのままの流れで洗濯物を畳んでアイロンも終わらせた。良い時間になったので、お風呂に入ってくると父に告げてリビングから出た。
父はテレビを観ながら、ゆっくりと二本目のビールを飲んでいた。
風呂から出てリビングに戻り冷蔵庫からお茶を取り出して、マグカップに注ぎ口を付ける。マグカップにお茶を注ぐ。火照った体に冷たいお茶が染み渡った。
自室用にもマグカップにお茶を注いで、テレビを観ている父に声を掛けた。
「もう部屋で勉強してるからね。おやすみ〜」
「あぁ、おやすみなさい。勉強頑張って」
父と挨拶を交わして桜は自室に戻った。
帰ってから通学カバンを置いただけで自室にはまだ一度もちゃんと入っていなかった。朝以来、初めて入る自分の部屋。
マグカップをデスクの定位置に置いてから、ドア付近に置いていた通学カバンを手に取った。
中から勉強道具を取り出して、デスクに広げる。
「ふぅ〜」
椅子に座ったものの、疲れからすぐにはやる気が出なかったので、少し休んでから勉強する事にした。iPhoneで適当にYoutubeを観る。動物の動画や雑学動画を適当に流し観していると、時間があっという間に経過してしまった。
「おっと、」
いけない。そろそろ始めないと、これでは昨日の二の舞だ。桜はiPhoneを置いてノートを広げた。
目を閉じて、いつもの深呼吸。
「すぅ――、ハァ〜」
あと数時間後のテストの映像を頭に浮かべる。グリーンドアで勉強していた範囲が思ったよりもテストに出ていた。
なんだ、普通に勉強しても高得点が取れてたのか。
映った映像にそう感想を抱きつつ桜は、広げたノートにテストの問題を書き写していた。
翌日、桜はいつものように学校に登校して教室に入る。
昨日は遅刻ギリギリだった真緒も既に来ており、いつもの友達グループと話をしていた。彼女を中心としたグループの楽しそうな声を横目にその後ろを通って自分の席まで向かう。
それがいつもの朝。しかし、今日は違っていた。
「おはよう、沢渡さん!」
「……っ!?」
真緒がそれまでグループで話していた会話を止めて、桜に笑顔で挨拶をしてきたのだ。突然の事に固まるグループと肩をビクッと跳ねて驚く桜。
真緒だけが、昨日と同じようにクスクスと笑っていた。
「驚きすぎ〜。昨日はありがとうね、今日のテスト頑張ろ?」
「あっ、うん」
グリーンドアで話している時と同じテンションでそう話してくる真緒に戸惑いながらも短く返して、桜は自分の席へと向かう。
今までは挨拶すらしなかった二人の突然の会話。そんな行動に固まっていた真緒のグループから声が聞こえてきた。
――あれ? 真緒って、沢渡さんと仲良かったっけ?
――うん。昨日、仲良くなっちゃった。
――へぇ、そうなんだ。何繋がり?
――秘密〜。話してみたらとっても良い子だよ。
ギリギリ聞こえる声量で聞こえてくる彼女達の声。それを聞いてどことなく居心地の悪さを感じながらも桜は、通学カバンから勉強道具を取り出す。
そうしていると、前の席に座っていた結衣が振り返った。
「おはよう、桜」
「結衣、おはよ」
「どうしたの?」
「桜って市原さん達と仲良かったんだ」
目を少しだけ細めてそう尋ねてくる結衣。彼女と真緒は、自分と同じ積極的に話しているのを見た事がない。なので、皆と同様の感想を抱いても無理はない。
「あー。昨日の帰りに偶然会って、それでちょっと話した仲っていうか……」
「そうなんだ。さっき市原さんが言ってた、ありがとうね、ってその事?」
「うん。そうだと思う」
結衣相手に詳しく話すとボロが出そうだったので、若干濁して説明する。
「ふーん。あ、それよりさ。昨日の数学、家で自己採点したらケアレスミスしててさ〜。もう最悪。見直したのになぁ〜」
真緒について興味が薄そうな反応をしてから、結衣が昨日の数学の話をした。自己採点、ケアレスミス。どれも桜には縁のない言葉である。
「あぁ、あるよね。私もよくあるもん」
「本当〜? 桜はそういうのなさそうだけど」
「ううん。そんな事ないよ」
他愛ない会話をしながら、チャイムが鳴るのをひたすらに待つ。意識していない時は早いくせに。今日は鳴るのがやけに遅かった。
キンコーンカンコーン。
ようやくチャイムが鳴って、教室の雰囲気が落ち着いてくる。「じゃ、今日も頑張りましょう」小さく拳を握った結衣に同じように拳を握って返した。
教室のドアがガラッと開いて、山本が入ってくる。
テスト二日目が始まった。




