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桜マーブル  作者: 綾沢 深乃
「第1章 遠い記憶からの始まり」

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10/50

「第1章 遠い記憶からの始まり」 (2ー8)

(2-8)

 

「美味しい」


「ね? 勉強頑張ってて本当良かったぁ。まさかこんなご褒美が待ってるなんて思わなかったよ」


「普段はココでテスト勉強とかしないの?」


 アイスクリームを食べながら、桜は真緒に尋ねる。すると、彼女は「んー?」とスプーンを含んだまま唸ってから、口を開いた。


「したいとは思っているんだけどね。気付いたら夜になってて、結局一夜漬けになってるなぁー。その度に早くやれば良かったって後悔してる」


「まぁ、気持ちは分かるけど。私も経験してるし」


 面倒になって後々になってしまうのは、桜も同じだった。彼女が同意すると、真緒が「うそー!」と声を上げる。


「沢渡さん、日頃から計画的に勉強してる人じゃないの? そんな気がするよ? さっきまでだって、本日分の勉強を調整しているって感じだったし」


「うーん。一応、最低限の勉強はしてるけど、最後の詰め作業っていうか、そういうのが後々になっちゃう」


「最後の詰め作業?」


 聞き慣れない桜の話した言葉に真緒が首を傾げる。つい、余計な事を話してしまった。慌てて弁明する。


「え、えっと! テスト範囲の総復習みたいな感じで! それを日頃やってる勉強と照らし合わせるみたいな……」


「あぁー、そういう事か」


 桜の説明が上手く通じたらしく、真緒は納得してくれた。良かったと安堵していると、「ねぇ」と話を続ける。


「明日のテスト勉強だけど、またココでいい?」


「ああ、うん」


 最初にテスト期間だけでも勉強を教えると約束した手前、真緒に早速明日の事を言われて、何も言えず頷く。


「ありがとう。あ、そうだ。今日もだけど、勉強を教えてもらっている期間は、グリーンドアのお金は私が出すからね。安心して」


「えっ?」


 それは流石に申し訳ない。確かに毎日、通うとなれば結構な出費になるが、このテスト期間限定だし、コーヒー一杯分ぐらいなら、お小遣いの範囲から出せる。


 断ろうと桜が口を開くが、それよりも先に真緒が声を出す。


「私が払いたいの。無理言って、時間を作ってもらってるんだから。それくらいは当たり前だよ。あ、でもね。あんまり高いのを注文されるのはちょっと困っちゃうかな。今日の分くらいなら、私でも払えるけど……」


 自分で払うと言いながらも、少し困ったように笑う真緒に桜もつられて笑ってしまう。


 これ以上は自分がどれだけ言っても向こうは折れない。小さく息を吐いて桜は「分かった」と頷いた。


「じゃあ悪いけどコーヒー一杯分だけご馳走になろうかな。それ以外は、自分で払うから」


「うん。それでお願いします」


 明日以降の方針が決定して、桜は残り一口分となったアイスを口に運ぶ。すると真緒が何かを思い付いたように「あっ、」と小さな声を上げた。


「連絡先交換しよう? せっかく明日から勉強する仲になるんだから」


「うん、そうだね。交換しよう」


「やった」


 桜が了承すると、真緒は喜んでテーブルに置いていたiPhoneを手に取った。彼女のiPhoneは今年発売された最新機種でカメラレンズが三つも付いていた。


 一方、桜のiPhoneは中学の頃から使っている機種だった。父にiPhoneを買い替えるかと聞かれた事もあるが、特に昨日不満がある訳ではなかったし、断っていた。


 通学の電車の内ではいつも文庫本を読んでいるし、主に使う機能といえば、音楽を聴くのとちょっとした調べ物、後はYoutubeを観るくらいだ。ケースも本体と一緒に購入したのをずっと使っている。


 頑丈が売りのケース。所々に傷が付いて、使用感が出ているが、その程度の損傷しかなく全く気にしていなかった。


 気にしていなかったのに目の前で真緒のキラキラとしたiPhoneを見てしまうと、自分との差に恥ずかしくなった。


 もしかしたらその事を真緒に指摘されるのではないかと不安になったが、彼女は気にする様子もなく、自身のiPhoneの操作している。


「はい。じゃあこのQRコード読んで」


 真緒がこちらにLINEのQRコードを向けてくる。言われるがままに桜は、自分のiPhoneでそれを読み取った。iPhoneに市原 真緒の名前が追加される。それが不思議な感覚だった。


 真緒のLINEを読み取って追加した後、桜も同じようにして、彼女に読み取ってもらう。こうしてお互いのLINEを交換した。


「じゃあ、次はケータイの連絡先も交換しよう?」


「あっ、うん」


 てっきりLINEだけの交換だと思っていたので、桜は内心驚いていた。LINEの連絡先に追加するだけではなく、携帯の連絡先にも追加される。


「えっと、確かエアドロップで出来るよね」


 真緒がそう呟きながらiPhoneを操作する。やがて「はい、」という声が聞こえると、iPhoneの画面に真緒の連絡先を受け入れるかどうかが表示される。


 それを受け入れて、iPhoneに真緒の連絡先が追加された。


「沢渡さんのも教えてくれたりする?」


 LINEの交換と違って連絡先の交換はハードルが高い。それは彼女本人も承知している。その為、自分のは送ったのに遠慮がちにこちらに聞いてくる。


 桜は真緒に頷いて返した。

「勿論、送るよ」


「やった!」


 真緒の表情がパァッと明るくなる。今日一日で思った事だが、彼女は本当にコロコロとその時の感情を表現してくれる。それが魅力なのだろう。


 お互いの連絡先を交換して、アイスクリームも食べ終えると、二人はお店を出る事にした。


 先程決めた通り、真緒は会計を一人で払っていた。クラブハウスサンドの代金は払うと後で精算する事になっているので、桜は現時点では払う素振りを見せる事はなかった。


 それに香夏子は何も言わず、彼女は当たり前のように払い終える。


 邪魔になっても悪いので少し下がった場所で会計を待っていると、香夏子が顔をズラしてこちらと目を合わせる。


「桜ちゃん、カフェラテ美味しかった?」


「はい。とても美味しかったです」


 味の感想を聞かれて桜が正直に話す。香夏子は、にっこりと笑顔になった。


「それは良かった。またいつでも飲みに来てね」


「ありがとございます」


 丁寧にそう言われて、桜は頭を下げた。横から真緒が得意気に口を開いた。


「明日も二人で来るよ。定期テスト期間だからね。一緒に勉強するんだ」


「あら? そうなんだ。じゃあ、明日も楽しみに待ってる」


「はーい」


 真緒がドアに手を掛ける。入店時と同じくドア上部に取り付けられたカウベルから、カランコロンと優しい音色がする。


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