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SM官能作家の真実  作者: さば缶
第2章 オフ会への招待
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第6話

 その夜、香澄がアパートに戻って鞄を下ろすと、スマホの通知がいくつか溜まっていた。

バイト先やサークル関連の連絡を片付け、最後にメールボックスを開く。

すると一通だけ、「神楽坂 雛人プライベートオフ会抽選結果のお知らせ」というタイトルが目に飛び込んでくる。

指先が少し震え、思わず深呼吸をしてから画面をタップした。


 「当選おめでとうございます。

詳細は追って連絡差し上げますので、指定日時にご対応ください……」

最初の数行を読んだだけで、香澄は思わず椅子に腰を下ろした。

脈拍がどんどん早くなっていく。

心のどこかで、ほんの数パーセントしかないと思っていた可能性が、今こうして現実になろうとしている。


 震える手を落ち着かせようと、香澄は机の上に置きっぱなしだったノートに視線を落とす。

そこに挟まっているファンレターの下書きは、彼女の素直すぎる欲望を生々しく綴ったものだ。

「あの調教の刹那を、私はずっと待ち望んでいます。

文字だけではもう足りない。

あなたの手が、声が、息が、私の存在全てを覆う瞬間を想像すると、夜も眠れません。」

まるで危うい妄想を肯定するために書き連ねたような文章だが、これを送ったところで返事はなかった。

しかし、もしかしたら、いざ作家本人を目の前にしたら言葉にならない何かを感じられるのかもしれない。


 「当選だなんて……どうしよう。

本当に行くの? いや、行くしかないでしょ……。」

そう自問自答しながら、大学生としての日常を思い浮かべる。

母親やサークル仲間の顔が頭をかすめるが、彼らに説明する必要などないと考える自分がいる。

少数制のオフ会ということは、どれだけディープなやりとりをするのだろう。

神楽坂 雛人の言葉に直接触れるたび、彼女の妄想は一歩ずつ形を得ていくのかもしれない。


 はやる気持ちを抑えようと、いったんベッドに横になるが、まぶたを閉じても神経が冴えわたって眠れる気配がない。

先ほどのメールの文面を頭の中で反芻するだけで、身体の奥がじわりと熱を帯びるのを感じる。

「当たらなければいいのに」とどこかで思っていた自分は、もうとっくに消え失せていた。


 決心を固めるように、香澄は再びスマホを手に取る。

オフ会の案内には指定された返信フォームがあった。

そこには「当日は最低限のルールに従っていただきます。

公表禁止事項については事前の書面確認が必要です」といった注意書きまである。

それでも、彼女が送った「参加いたします」という返信ボタンは、迷いなくタップされていた。


 その瞬間、窓の外から吹き込む夜風が肌を撫でた。

机の上のファンレターは照明に照らされて白く浮かび上がっている。

日常から一歩踏み出すように、香澄はゆっくりと深呼吸をした。

まるで自分が“神楽坂 雛人の小説”の登場人物になったかのような錯覚を覚えながら、彼女の脳裏には再びあの妖艶な一節がよみがえってくる。

「紅い紐があなたを縛るとき、私の理性はほどけていく。

その狂おしい快感を、あなたが望むなら与えてあげましょう……。」


 次に目を開く朝には、すでに後戻りできなくなっているかもしれない。

だが、それこそが彼女が求めていたものだとも言えそうだった。

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