第13話
数日後の放課後、香澄は編集者が指定してきた喫茶店へと足を運んだ。
駅から少し離れた古風な店で、席数も限られているため落ち着いた空気が漂っている。
扉を押し開けると、パーティーで一度顔を合わせた男が既に待っていて、黒縁メガネの奥にある視線はどこか硬さを帯びていた。
「白石さん。
先日はあまりお話しできませんでしたね。」
そう切り出した編集者は、軽く会釈をしたあと、いくつかの書類をテーブルに広げる。
そして香澄を真っ直ぐ見つめながら、こう続けた。
「実は、先日のパーティー後に先生から“あなたに興味を抱いている読者がいる”と聞きましてね。
あなたがファンレターで伝えてきた文章や感想が、先生の執筆過程でかなり参照されているようなんです。
そのため、一度ちゃんとお話ししておきたいと考えました。」
思いも寄らない言葉に、香澄は息を呑む。
まさか自分の書いた手紙がそんなに深く関わっていたとは想像もしていなかった。
しかし、編集者はさらに厳しい表情を浮かべながら、書類の一枚を差し出す。
そこには“AIサポートシステム”という文言がはっきり記されていた。
「正直に言うと、神楽坂先生の作品は数年前からAIを用いた生成がメインになっているんです。
もちろん最終的な文体の調整や演出面は先生が加筆していますが、骨格となる文章はAIに書かせているというのが実情でしてね。」
編集者が淡々と説明する間、香澄の胸には生ぬるい痛みが広がっていく。
「あの……でも、それって先生の創作の情熱はどこにあるんでしょうか。
私、ずっと先生が書く倒錯的な官能表現に心を惹かれてきたのに……。」
自分の声が少し掠れるのを感じながら、香澄は問いを投げかける。
編集者は苦い笑みを浮かべつつ答える。
「“神楽坂 雛人”というブランドを守るため、先生自身の手で書いている部分もゼロではありません。
ただ実際の執筆量の多くをAIに委ね、それをもとに作品を仕上げているのが現状です。
あなたのファンレターや感想は、AIへの指示文の一部として頻繁に使われていたという話ですよ。
要するに、“ファンのリアルな妄想”を盛り込む格好で、大衆の欲望を効率的に反映させているんです。」
先日のパーティーで感じたかすかな違和感、編集者からの警告めいた言葉、そしてSNSに広がる“機械的な文体”という噂。
すべてが繫がり、自分の書いた文章までもが“材料”として扱われていたという事実に、香澄は身震いを覚える。
「私の……あの文章がAIの糧にされていたんですね。
あれだけ熱をこめて書いた想いがあったのに、まるで……」
唇を噛む彼女に、編集者は沈痛な面持ちで言葉を継ぐ。
「あなたを呼んだのは、その点を理解していただきたかったからです。
先生はあなたのファンレターを興味深く思っていたようですが、同時に“こちらが思う以上に熱を持ちすぎている読者”として警戒もしていました。
これ以上深入りすると、双方にとって大きな混乱が生じる恐れがある。
そう先生はおっしゃっていましたよ。」
香澄の視界がじわりと滲む。
心から崇拝した作家がAIを使っているだけでなく、自分の文章までが“作品を盛り上げる燃料”になっていたと知らされれば、ショックは計り知れない。
けれど、それでも無視できないのは、自分が確かに神楽坂の小説に救われ、欲望を肯定してもらえたと思った瞬間があるからだ。
「でも、たとえ機械が書いたものだとしても、そこに何か人間の情念があったと私は感じました。
先生本人からは“あなたの感想が面白い”とまで言われたんです。
私がここで諦めたら、あの時感じた衝動とか全部嘘になっちゃう……。」
掠れた声でそう言い切ると、編集者は少し驚いたように息を呑む。
資料を片づけながら、「白石さんがどのように行動されるかは自由ですが……最終的には先生と直接お話になるといいでしょうね。」とだけ呟いた。
喫茶店を出る頃には日が暮れかけていて、空気が肌を刺すように冷たい。
けれど香澄は、どこか奇妙な覚悟を得た気がした。
AIが生み出した文章だろうと、そこに自分が感応してしまった事実まで否定することはできない。
そして、その事実が何を意味するのかを確かめるためには、“神楽坂 雛人”ともう一度しっかり向き合うしかない――そう思いながら、彼女は人通りの少ない道を小走りに駅へ向かった。




