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魔導科寮の黒一点!  作者: 花宮リオ
始まりの1週間!
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第八話 洗われるものたち

 色々と話しながら食事を摂っていると、机いっぱいにあった食べ物もかなり減ってきた。僕自身も結構な量を食べ、流石に限界が近かった。 


「それにしてもアンタ結構食べたわね。」


「あんまり多く残しても良くないかと思って。美味しかったよ」


 実際別に無理をして食べたというほどではない。腹九分目といったところだろうか。


「これからは少し多いぐらいでちょうど良いかもな」


「そうね。別メニューとまではいかないけど」


 女子の食事量では物足りないから、自分で勝手に調整するつもりだったが、配慮してくれるのは本当に助かる。


「ありがとう。僕も自分で作る時は調整するよ」


「えぇ。アンタの七割ぐらいで皆ちょうど良いと思うわ」


「わかった」


「それでは、そろそろ一旦片付けましょうか」


 先生はそう言って酒の空き缶を集め始めた。七、八個はあるだろうか。かなりの量を飲んでいるはずだが、顔色ひとつ変わっていない。


「いつか身体壊すわよ」


「大丈夫ですよ。普段はここまで飲んだりはしませんし」


「全く……」


 アカリは呆れ返って片付けを始めた。僕は空いた皿をまとめてキッチンへ持っていくことにした。


「そのお皿くれない? 残ったのまとめちゃうから」


「うん」


 上比奈知にそう言われ、僕は小皿を手渡した。

 その時上比奈知の指先に触れ、一瞬温もりを感じる。僕は慌てて手を離した。


「ありがとね」


 手が触れても、上比奈知は特に気にしていないようだった。


「……うん。それじゃ、残りは持ってくから」


 僕はそう言ってすぐにその場から離れた。向こうは何にも気にしていないのだから、そんなにも気にすることではないはずなのに、あの一瞬の感触がまだ忘れられなかった。

 

「これ、ここでいいですか?」


「はい。ありがとうございます」


「いえ、ごちそうさまでした。洗い物も済ませちゃいますね」


 先生に一応聞いてから、僕は皿をシンクに置き、そのまま洗い物を始めた。


「美旗さんは向こうで座っていて大丈夫ですよ。私がやっておきますから」


「流石に申し訳ないので洗い物くらいはさせて下さい」


「そうですか? 気を遣わなくて構いませんよ」


 先生は僕にリビングで話してきてもいいと言うが、今戻ると上比奈知のことを変に意識しそうだった。それに食べさせるだけ食べさせてもらって後片付けまで任せてしまうのは個人的に嫌だった。


「向こうはちょっと暑くて。ここで少し涼んでから行きます」


「ここと気温はそれほど変わらないと思いますが、確かに少し耳が赤いですね」


 リビングダイニングなのだから気温が変わらないなんて当然だ。もう少し上手く誤魔化せる人間でありたかった。


「そうなんです。他のこと考えてたらすぐに落ち着くと思いますから」


「ふふ。分かりました。では気持ちが落ち着いたら戻ってきてくださいね」


「はい。……え?」


 先生に言われて初めて自分から墓穴を掘ったことに気付いた。でも誰のことまでかは知られていないはずだ。それだけが幸いだった。


「美旗くん、手伝おっか?」


「え!?」


 上比奈知の声がして慌てて振り返った。上比奈知は残った惣菜を詰めた皿を持っていた。そういえばさっき惣菜を集めるために皿を渡したんだった。上比奈知がキッチンに来るのは容易に想像がついたのに。


「そんなに驚かなくても」


「急に声かけられたから……」


「それじゃ、お皿拭いてくね」


 僕が断る前に反論してしまったせいで、冷蔵庫に惣菜を閉まった上比奈知はそのまま皿を拭き始めた。これでは結局変わらないどころかむしろ悪化している。


「いや、いいよ。上比奈知さんは向こう座ってて」


「手伝いたいの。駄目?」


 上比奈知はこちらをじっと見る。ここにもう逃げ場はない。そんな目で見つめられたら、もう一度断るなんて、僕にはできなかった。


「なら、お願い」


 上比奈知は満足げに頷くと、皿を拭き始めた。

 隣にいるだけで、どうしても意識してしまい、皿を水切りかごに入れる度、上比奈知のことが目に留まる。


「楽しかったね」


 少し間があって、上比奈知が口を開いた。


「うん。寮に来るの、どうしようかなって思ってたんだけど、来て良かった」


「ふふ。そう思ってもらえて良かった」


 上比奈知はこちらを向いて微笑む。まだ本当に来たばかりだが、居心地はかなり良かった。


「皆のおかげだよ。ありがとう」


「私は何にもしてないよ。アリスちゃんたちのおかげ」


 上比奈知はそう言って謙遜する。勿論先生やアカリ、アリスの気遣いあってのものだが、上比奈知が何もしていないなんてことはない。


「こうやって話してくれるだけでも助かるよ」


「そっか。何かあったら何でも話してね?」


「分かった。困ったら相談するよ」


 上比奈知と話をしながら洗い物をしていると、すぐに終わった。それに別のことをしながら話せたからか、僕の方も落ち着いてきた。


「それじゃ、戻ろっか」


「そうだね」


 僕たちはリビングで(くつろ)いでいる皆の所に戻った。


「お疲れ様。ここ空いてるわよ」


 アカリからはソファーに座るよう促されたが、隣に座るのは気が引けた。


「いや、僕は床でいいよ」


「そう。ならこれ使いなさい」


「ありがとう」


 僕はアカリから座布団を受け取って、ソファーの横に座る。結局アカリの横には上比奈知が座った。


「お風呂お先です」


 戻って来たのは先生だった。先ほどから見当たらないとは思っていたが、風呂に入っていたらしい。風呂上がりだからか、髪を纏めていて、大きめのTシャツ一枚のラフな格好だ。(うなじ)には赤みが差していて、艶めかしく見える。

 僕が目のやりどころに困って、元の体勢に向き直ると、上比奈知がそれを察するかのようにこちらを見て笑みを浮かべていた。僕が抗議の目線を向けると、それをいなすように上比奈知は軽く頷く。


「次アタシ入ってもいいかしら」


「別に構わないぞ」


 アリスの言葉に上比奈知も頷くと、アカリは席を立った。


「それじゃ」


「はーい。行ってらっしゃい」


 上比奈知はアカリにパタパタと手を振る。アカリはそれに軽く返して部屋を出た。

 

「ハルは最後でもいいか?」


「うん」


 アリスの言葉に何となく返事をしたが、このままここに残っていては、皆先生と同じような格好で戻ってくるのではないかと気付いた。

 そんなことになる前に、僕は部屋に戻ることにした。


「じゃあ僕は荷物整理しとくから、皆入ったら教えてよ」


「あぁ。また呼びに行く」


 こうして部屋に戻って来た僕は荷解きを始めた。荷解きと言ってもそれほど多くの荷物を持って来たわけではないから、すぐに終わるだろう。

 それにしても本当にここで暮らしていけるのだろうか。皆は気を遣ってくれているが、男がいると、今までのようには行かないだろうし、面倒なことも増えるはずだ。

 余計なことを考えているという自覚はあるが、皆の厚意を無自覚に受けるのは気が引けた。皆のために何かできることがあれば、何でもやりたいと思う。

 

 僕はカバンから部屋着とバスタオルを出して、いつ風呂に呼ばれても大丈夫なように準備をする。

 

 荷物をあらかた出してもまだまだ部屋には余裕があった。本格的に寮で暮らすことになればゲーム機やテレビなども持って来ていいかもしれない。

 僕がリビングに居たら皆寛ぎにくいだろうし、できるだけこの部屋で過ごせるように娯楽は多い方がいい。いくら部屋が広いとはいえ、家の物を全部持ってくるのは無理だろうから、何を持ってこようかメモをしておくことにした。


「こんなところかな」


 僕が今度持ってくる物のメモが終わったところで、ちょうど部屋の戸が叩かれる。僕が戸を開けると、そこに居たのは上比奈知だった。

 上比奈知も薄着に着替えていて、目のやり場に困る。皆僕が男だと意識していないのだろうか。信頼されていると言えば聞こえはいいが、男として見られていないのは少し寂しい。


「お風呂、空いたよ」


「あ、ありがとう。すぐ行くから」


 僕は上比奈知に礼を告げると、すぐに戸を閉めて風呂の用意を手に取った。さっさと風呂に入って余計なことは忘れてしまおう。

 僕は洗濯機に服を入れようとした所で、僕の服と一緒に洗っていいわけがないことに気が付いた。皆の洗濯が片付いてから、後で洗おうと、一旦洗濯機の隣に服を置いておくことにした。


「風呂に浸かるなんて久々かも」


 普段は風呂を沸かすのが面倒で、シャワーばかりだった。ゆっくり湯船に浸かるのは何年振りだろうか。


「ちょっと、アンタ何でこんな所に服置いてるのよ!」


 扉越しに声をかけて来たのはアカリだった。思えば洗面所の鍵をかけていなかった。下着もそのまま置いてある。


「分けて洗った方がいいかと思って置いてたんだ。まさか誰か来るとは思わなくて」


「パ、パンツもそのまま置いてるなんて……。せめてもうちょっと隠しときなさい!」


「ほんとにごめん」


 一人暮らしが長かったから、誰かが来るなんて全然頭の中になかった。これからはこういう所も気をつけて行かないと。

 僕は他の人に見られる前に早急に風呂から出ることにした。


「これでよし」


 洗面所に鍵をかけて、身体を拭く。ドライヤーで髪を乾かして、部屋へ向かった。


「お風呂出たんだ?」


 廊下ですれ違ったのは上比奈知だった。先ほどまではタオルでまとめていた髪を降ろしている。


「うん。久々に湯船に浸かったかも」


「そっか。私はそろそろ髪乾かそうかなって」


「そうなんだ。僕はもう寝ようかな。明日もあるし」


「もう寝ちゃうんだ? それじゃ、おやすみなさい」


「うん。おやすみ」


 上比奈知は洗面所に行く所だった。軽く話して、僕は上比奈知と別れる。すれ違った上比奈知からは、風呂上がりの良い匂いがする。心なしか、また自分の顔が赤くなっている気がした。


 部屋に戻ってベッドに寝転がると、一気に疲れが押し寄せてきた。色々なことがあったが、今日はもう何も考えないことにした。

 電気を消して目を瞑ると、すぐに眠気がやってきて、僕は眠りに落ちた。



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