第七話 ようこそ魔導科寮へ!
「うん、行こう」
僕は荷物を手に取って、上比奈知の後をついていくことにした。元栓が閉まっているのを確認して、家を出る。
「寮ってここから近いの?」
「ここからだとちょっと歩くんじゃないかな? 学校からなら十分もかからないんだけど、逆方向だから」
「そうなんだ。ありがとう」
僕たちは寮へ向かって歩き出していた。そういえば、確かにアリスと学校近くのスーパーで出会うことも何度かあった。ということは魔導科の皆とも知らない内に会っていたのかもしれない。
「寮で暮らすの、やっぱり心配?」
考え事をしていると、上比奈知から声をかけられた。そんなに険しい顔になっていただろうか。
「ちょっとは心配してるとこもあるけど、別のこと考えてただけだよ」
「そっか。やっぱり男の子一人なら不安になったりするのかなって思ってたから」
上比奈知はそう言うが、普通は逆だろうと思う。僕の心配事はそこだけだ。その点では男子が一人だけと言うことに起因する悩みではある。
「僕が本当に行っていいのかな、ってそれだけかな」
「また言ってる。大丈夫だって」
上比奈知は何度も同じ懸念をする僕を見て頬を膨らませる。僕が変に意識してしまっているのかもしれないが、気をつけておくことに越したことはない。
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「あれが寮だよ」
そんなことを考えながら歩いていると、すぐに寮が見えてきた。上比奈知たちから言われていたように、大きめの一軒家だった。
「ここが……」
上比奈知はここでも学生証をかざしていた。
「ここに学生証タッチしてね。忘れると何回扉開けても廊下に戻ってきちゃうの」
「分かった。ちょっと待って」
上比奈知に促されて僕は学生証を出す。ここにも先生の幻術がかかっているらしい。僕が学生証をかざしている間に、上比奈知が鍵を開けてくれていた。
「ただいまー!」
「お邪魔します」
僕たちが玄関に入ると、良い匂いがする。どうやら、もう何か作り始めているらしい。
「何作ってるんだろうね」
上比奈知がそんなことを行った時、奥の部屋から先生が出てきた。
「アリスさんが唐揚げを揚げているんです」
「すっごく美味しいんだよ」
「そうですね。私もお酒を開けたいところなのですが……。まずは先に美旗さんを部屋に案内しますね」
先生は酒を開けると言ったが、まだ夕方だ。まぁでも少し早いとはいえ、仕事も終わっているし、あまり時間は関係ないのだろう。
「はい。お願いします」
僕は先生に案内されて、一階の部屋に荷物を置いた。寮の部屋は自分の部屋より一回りほど大きく、七畳か八畳ほどはある。そこにベッドと机、一脚の椅子が置かれているシンプルな部屋だった。
「ここを開けるとクローゼットになっています」
僕は仮入寮だからそれほど服を多く持ってきてはいないが、クローゼットも大きめになっていて、三年間を寮で過ごす生徒たちへの配慮が見られる。
「分かりました」
「それではリビングに行きましょう。皆さん待っていると思いますから」
僕は先生と一緒に一階奥にあるリビングへと向かった。僕が扉を開けると皆がいて……
パン、と何かが始めるような音がした。
「うわぁ! 何これ、クラッカー!?」
その直後にテープが前後から僕に降りかかる。先生もクラッカーを隠し持っていたらしい。
「大成功ー!」
僕の目の前に立っていたのは上比奈知だった。してやったり、という満足げな顔でコロコロと笑っている。
「ようこそ、魔導科寮へ」
先生の声に振り返ると、僕の体についたテープを取り払ってくれた。
「全く、皆してこんなことするなんて言い出して。せっかく片付けたのに」
そう話すのはアカリだった。そうは言いつつも、どこか満更でもない、といった感じだ。
「さ、こっちに」
僕はアリスにテーブルの方へ案内される。こうして見てみると、ダイニングがある事を加味しても、リビングはかなり広い。
テーブルの上には所狭しと料理が並べられていた。僕たちが家へ行ってからはそれほど時間はなかったはずだが、皆かなり手際が良いらしい。
僕が席に着くと、上比奈知が隣に座った。
「美旗くんは何飲む?」
「そこのお茶もらっても良い?」
上比奈知は机の端に置いてあったボトルを取ると、そのまま僕のコップに注いでくれた。
「ありがとう。上比奈知さんは何飲むの?」
「私はオレンジジュースにしようかな」
上比奈知はボトルの横に置いてあったペットボトルを手にとって自分のコップに注いだ。そして、皆が飲み物を入れたタイミングで先生が乾杯の挨拶をする。
「では改めて、美旗さんの歓迎会ということで、これからよろしくお願いしますね」
「はい。よろしくお願いします!」
「それでは、乾杯!」
「「「「かんぱーい!!」」」」
「とりあえず取り分けない? 見栄えはするけど大皿だと食べにくいでしょ」
「うん。じゃあ適当に分けてくね」
アカリの言葉に頷くと、僕は目の前に置かれていたシーザーサラダを取り分けることにした。卵黄を潰して軽く混ぜ、サラダを均等に分けていく。
「アタシのはクルトン多くしといてね」
「うん」
アカリにそう言われ、僕の皿に入れたクルトンを少しアカリの所に分けた。それを見た先生は呆れた顔をしている。
「もう、アカリちゃんはまたそんなこと言って」
「まぁまぁ」
僕は苦笑いをしながら、要望通りクルトンを多めに入れたサラダをアカリに渡した。
「ありがと。はい、これ」
アカリから渡されたのは、ピザが乗せられた皿だった。僕たちが来るまでに出前をとっていたのだろうが、まだ温かかった。
「ありがとう」
僕たちは大皿に盛られた食べ物をそれぞれの皿に分けていったが、まだまだ残っている。最初に見た時も感じたがこれは……
「それにしても……少し買い過ぎてしまいましたね」
「アリスが料理作ってるのにサキが色々入れるからよ」
手際が良いとは思っていたが、色々と買ってきていたようだ。いくら三人いるとはいえ、普通のキッチンだし、そんなにもすぐには作れないだろうとは思っていたが。
「余れば私が後で食べますから、大丈夫ですよ」
「またお酒も飲むんでしょ」
アカリの追及に先生はバツの悪そうな表情を浮かべた後、こちらを見て露骨に話題を変えようとした。
「そ、そんな私の話は置いておきましょう。今日は美旗さんの歓迎会なんですから」
「まぁ……そうね。後でしっかり詰めることにするわ」
アカリは少し納得がいかないという感じではあったが、すぐに切り替えると同時に先生に釘を刺す。
「そういえばアンタ、どこでメイと知り合ったのよ」
「僕が落とした魔道具を届け出てくれたのが上比奈知さんだったんだ」
「魔道具落とすなんてアンタねぇ……。まぁでも拾われたのがメイで良かったわね」
アカリの言う通りだ。魔道具がちゃんと手元に帰ってきただけでなく、修理までして貰えるなんて、落とした当初は思ってもみなかった。
「うん。上比奈知さんで良かったよ」
上比奈知は少し照れ臭そうに顔を俯けながら、自分の指輪を見つめている。
「そんなに大したことしてないよ。たまたま拾ったもの届けただけだし……」
「でも時計も直してくれてるし、ほんとに助かってるよ」
「もう。そんなに褒めても何にも出ないよ?」
上比奈知は顔を上げてふわっと笑う。その赤い瞳から、目が離せなかった。
「ハル? どうかしたのか?」
「えっと、こうして皆が家にいるのってなんだか不思議な感じがして」
上比奈知の方を見ていると、アリスに声をかけられた。僕は咄嗟に誤魔化したが、実際今まで友人と夕食を食べに出かけることはあったものの、家で皆で食べるというのはほとんど経験がなく、新鮮な経験であることは間違いなかった。
「そうだな。私も最初は戸惑った」
「まぁでも悪くないでしょ? こういうのも」
アカリはそう言って優しく笑う。僕もアリスも軽く頷いた。今までとは変わった生活だけど、これから面白くなりそうだ。