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魔導科寮の黒一点!  作者: 花宮リオ
始まりの1週間!
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第六話 仕込み

「それでは、また六限目に」


 そう言って先生は教室から出ていった。僕はこの休憩時間に寮のことについて聞いてみることにした。


「寮ってどんな感じなの?」


「ほんとに普通の一軒家だよ。ちゃんとした鍵が部屋についてるけど」


 どうやら、シェアハウスのような形らしい。皆は良いというが、そんな所で実際に僕が暮らすと、やっぱり不安に感じることもあるのではないかと思う。


「本当に僕が入って良いのかな。生活しづらくない?」


「うーん、大丈夫だと思うけど……」


 上比奈知だけでなく、アカリとアリスも頷いていた。今まで女子しかいなかった所に男が一人増えるとなるとかなり大変だと思うが、僕が気にしすぎなのだろうか。


「一人暮らしの時に比べて生活は楽だぞ。食事も当番で回しているし」


 確かにそういった面では楽になるのかもしれない。誰かに家事をしてもらったのは随分前だ。今までは家事に時間を割かれて課題をして一日が終わるということもよくあったが、寮に住めばある程度の時間が確保できるようになるだろう。


「当番ってどうやって決めてるの?」


「基本的に料理はアタシとアリス、メイの三人で週に一回ジャンケンで決めてるわね。料理できないサキは洗濯とかをちょっと多めにやってるわ」


「ハルも料理できるから、これからは四人になるな」


 まだ確実に転科すると決まったわけではないのに、アリスにはもう戦力として数えられている。


「でも皆の口に合うかな。僕が作るの簡単なのばっかりだから」


「ハルの料理は美味しいから、大丈夫だ。私が保証する」


 アリスにそう言ってもらえると、やっぱり安心する。慣れない環境で幼馴染がいるというのは心強い。


「アリスが言うなら大丈夫ね。料理できるのが一人増えたら、ほんとに楽になるわ」


「週に一回で良い日ができるしな」


 料理できる人が三人なら、週に三回も回ってくる時がある事になる。それも四人分となるとかなりの負担になっていただろう。


「週三の日があるのは辛そうだね」


「サキが料理したら厨房爆発するかもしれないし、仕方ないわよ」


「流石に先生もそこまでじゃないでしょ……」


 こうして僕たちが話していると、先生が少し早く戻ってきた。アカリはそれを見て怪訝(けげん)な顔をする。


「どうしたの?」


「この後の授業をどうしようかと思いまして。今から実習所へ行っても間に合いませんし、美旗さんにこれ以上詰め込んで話すのもどうかと思いまして」


「つまり?」


 遠回りな話し方をする先生に不満げなアカリは早く話せと言わんばかりにせっつく。


「今日の授業は終わりにして、残りの時間で歓迎会の準備をしましょう」


「やったー!」

 

 先生の言葉に一番早く反応したのは上比奈知だった。六限目ということもあって、少し疲れが見えていた先ほどの顔が嘘のようだ。


「でも、そんな勝手に授業時間を変更しても良いんですか?」


「魔導科は魔道具を扱うために外に行くことが多いので、魔導科の授業に関しては授業内容も授業時間も私に委ねられているんです。これも魔導科が寮生活になっている理由の一つなんですよ」


「そうなんですね」


 とはいえ、こんな理由で通るのだろうか。そう思ってアリスの方を見ると、アリスもアカリも苦笑いをしていた。


「最悪バレても私、一応この学校の出資者ですから……」


 少しバツの悪そうな顔で先生は明後日の方向を向いている。


「大丈夫でしょ。理事長もサキには甘いから」


「そうですね。では先ほどの流れの通り準備をしましょう」


「私は美旗くんの所について行けば良いですか?」


「はい。お願いしますね」


 こうして僕たちは先生たち三人と別れ、僕の家へと向かうことになった。でも、急な話だったから、家の掃除なんてできていない。僕の用意自体はすぐ終わるけど、上比奈知を今の散らかった部屋に上げるわけにはいかなかった。


「あのさ、家に着いたら……」


「部屋、片付いてないんでしょ」


「何で分かったの?」


「私も昨日先生に言われて片付けたもん。普段からちゃんと綺麗にしてるのなんてアリスちゃんぐらいだよ」


 上比奈知はあっけからんと話す。確かに先生が片付けたと話をしていたが、一年も一緒に暮らしていれば、段々と緩んでくるものなのかもしれない。


「ごめんね、そんなことになっちゃって」


「ううん、私たちが悪いんだよ? アリスちゃんに言われても全然片付けないから……」


「アリス、几帳面だからね」


 アリスが寮に入る前にはよくアリスの家に行っていたが、アリスの家はいつも片付いていて、同じ一人暮らしとは思えなかった。聞いている限り寮でもそんな感じらしい。


「先生なんていつもアリスちゃんに怒られてるの」


「先生が? 意外だね」


「でしょ。内緒だよ?」


 そう言って上比奈知は僕の顔を見上げる。赤い瞳に吸い込まれそうになった僕は、思わず目を逸らした。


「う、うん」


 気恥ずかしさを感じていた僕を尻目に、上比奈知はどんどん歩いていく。家までは僕が連れていかないといけないのに、上比奈知の方が僕より先を歩いていた。




♡♦︎♡♦︎♡♦︎♡♦︎♡♦︎♡♦︎




 学校から少し歩くと、すぐに僕が住んでいるマンションに着いた。ロビーを通って部屋の前に着いた僕は、一旦上比奈知に部屋の前で待ってもらうことにした。


「ここでちょっと待ってて。十分あれば片付くと思う」


「うん。それぐらいで片付くってことは綺麗にしてるんだね」


 実際のところ、家の中はかなり散らかっている。使った皿は何とか洗ってあるが、洗濯物はそのままだし、使ったゲームや本もそのまま置いてある始末だ。


「とりあえず全部僕の部屋に押し込んでくるだけだから」


「あはは。私も昔やったことあるよ。お母さんにすっごく怒られたけど」


「やっぱり皆、一回はやるよね。まぁ今日はその場しのぎってことで」


「今日だけは見逃してあげましょう、なんて」


「ではお言葉に甘えて、見逃されることにします」


 上比奈知は少し顔を上げて、おどけてみせる。僕がそれに応えると、ふざけ合った僕たちは目があって、互いに頬を緩ませた。


「それじゃあ、片付けてくるよ」


「うん。待ってるね」


 こうして部屋に入った僕は床に落ちているものを手当たり次第に拾って部屋へと突っ込んでいく。床がある程度綺麗になったところで、掃除機をかけて、次は洗濯物だ。部屋干ししてあったそれをハンガーごと部屋のベッドの上に放り投げる。片付けたとはとても言い難いが、とにかく人が入れる状況にはなった。


「お待たせ」


「早かったね」


「何とかね。片付けた、っていうより押し込んだって感じだけど、とりあえず中へどうぞ」


 僕はふと、初めて魔導科の教室を訪ねた時に上比奈知からこうやって教室に招かれたことを思い出していた。たった数日前の話だが、あの時はまさかこんなことになるとは思いもしなかった。


「お邪魔します」


「とりあえず僕は準備してくるよ。適当に座って待ってて」


「……うん」


 上比奈知は少し間を開け、口角を上げて軽く頷く。何か企んでいそうな雰囲気を感じた僕は先に釘を刺しておくことにした。


「変なもの探さないでよ?」


「ふふ、どうしよっかな」


 上比奈知は目を細めてこちらを見る。見られて困るようなものは見つからないと思うが、やっぱり心配だった。


「大丈夫。何にもしないから、安心して?」


「もう。なら今度こそ準備してくるね」


 そう言って僕は自分の部屋に戻った。クローゼットの中からカバンを取り出して、必要なものを詰め込んでいく。服と寝巻きを詰め込んだ僕が一度リビングに戻ると、上比奈知は座布団の上で大人しく待っていた。


「寮って、枕とかあるの?」


「あるよ。でもバスタオルとかはないから、持ってた方がいいかも」


「分かった。ありがとう」


 上比奈知に寮の話を聞いた僕は、それに従って荷物を詰めていった。最低限必要なものは持ったし、何か忘れていれば最悪ここに取りにこればいい。


「準備終わったよ」


 僕は上比奈知に声をかけて、片付けた床の適当な所に座った。


「もう終わったの?」


「男はそんなに必要なもの多くないから」


「そっか。ね、あそこの写真立てに飾ってあるのって、美旗くんの?」


 上比奈知が指したのは家族が映った写真立てだった。両親が生きている時に撮った写真の中で、唯一残っているものだった。


「うん。僕の家族。小さい頃に二人とも亡くなっちゃったんだけどね」


「……! そうなんだ。ごめんね、嫌なこと聞いちゃって」


「大丈夫。僕もあんまり覚えてないんだ。時計が壊れたせいで昔の記憶が曖昧でさ」


「そうなんだ。魔道具(クリード)が治ったら、記憶戻るかもしれないし、私頑張るね」


 上比奈知は視線を落としながら、そう話す。

 僕は今更、写真立てをしまっていなかったことを後悔していた。僕にこんな背景があることが知られてしまったら、上比奈知が余計な重圧を感じることになる。

 元々僕はこの時計が返ってきただけで、満足だった。しかしその一方で、時計が元に戻る可能性を現実に示された今、このまま元通りに修復できればという考えがよぎったこともある。無意識の内に、上比奈知に両親のことを知っておいてほしいとも考えてしまっていた自分自身に嫌気がさす。


「ごめん。変な話になって」


「私から聞いたんだし、こっちこそごめんね。言い出しづらい話させちゃって」


 上比奈知はそう話した後、この気まずい空気を振り払うように立ち上がった。長い赤髪が揺れ、スカートがはためく。


「あ! ……見た?」


「ノーコメントで」


 上比奈知が履いているスカートは膝下まである。実際には見えるはずもなかったが、上比奈知がこんなことを言うのは、多少強引にでも話題を変えるための気遣いのようなものだろう。

 僕は上比奈知に甘えて、先ほどまでの空気を押しのけていった。


「もう! まぁいいや。それじゃ、いこっか」

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