第三十四話 サイン
僕たちは先生の車に乗って、寮へと戻ってきていた。やはり車であればかなり早い。
「ではこちらを」
先生は車のトランクを開けて、荷物を渡してくれる。僕はそれを受け取って、玄関へ向かう。
「はい。ありがとうございます」
「ハル、片方持とうか」
アリスは手提げ鞄を一つ持ってくれた。上比奈知には先に、抱えていたゲーム機を持って行ってもらったし、随分軽くなった。
「ありがとう。助かるよ」
僕たちが家の中へ入ると、上比奈知が僕の部屋の前で待っていた。大きめの箱を抱えているとはいえ、ドアを開けれないほどではなさそうだ。
「鍵開いてるよ?」
「私一人で勝手に入るのはどうなのかなーって」
「別に気にしないって。でもありがとう」
僕は上比奈知だけでなく、ここにいる皆に部屋へ入られること自体、なんとも思っていなかったが、上比奈知のこうした細やかな気遣いは受けてみるとやはり嬉しいものだった。
「今開けるね。重かったでしょ、それ」
「大丈夫だよ? でもこれ以上持ってるとキツいかも……」
僕としては部屋の前に置いてもらえるだけでも十分だったが、上比奈知は僕たちを待っている間もずっと持っていてくれたようだった。
僕は急いで部屋の扉を開けて、上比奈知を中に入れた。
「それ、そこ置いといてくれたら助かるよ」
僕は適当な床を指すと、上比奈知はそっと箱を床に置いた。
「ふぅ。重かった……」
「ごめんね。ありがとう」
「いいのいいの。私が持つって言ったんだし」
上比奈知は袖を捲って力こぶを作っている。僕自身荷物の中でも重たい物を持ってもらったことに引け目を感じていたが、上比奈知の様子を見ていると少し心が救われる。
「アンタたち、お昼どうする?」
僕たちが話していると、アカリが部屋に顔を出した。確かに家を出た時には既に昼前だった。
「僕は別にカップ麺とかでもいいかな。こっちの部屋も色々整頓したいし」
僕がそう言うと、アリスと上比奈知もそれで良いようだった。
「そう。なら皆適当にあるもの食べてちょうだい」
アカリは手をひらひらと振って去っていった。
「それじゃ、私は何か食べてこよっかな」
「なら私も一旦リビングへ行こう。昨日色々買ってきたしな」
二人は昨日何を買ってきたか思い返しているようだった。
「僕はまだお腹空いてないし、あとで行くよ」
「そうか。それじゃあな」
「うん。二人とも、わざわざありがとうね」
二人はそれを聞くと、なんでもないと言わんばかりに、軽く首を横に振る。
「いえいえ。これで美旗くんも正式に魔導科寮の一員だね?」
「そうだな。来週からは当番のシフトに入れておくから」
僕がお礼を告げると、二人とも顔を見合わせて静かに微笑んでいた。最初は女子しかいない魔導科に男が入るというので受け入れてもらえるか心配だったが、こうして温かく迎え入れてもらったのは素直に嬉しかった。
「美旗くん、また後で。またゲームやろうね?」
「うん。また」
こうして二人は部屋を出ていった。僕は二人を見送ると、リュックと鞄に入ったものを広げていく。タンスに仕舞うものはタンスへ、足りていなかった文房具や、持ってきたゲーム、漫画は棚へと片付けていく。
次は上比奈知が来る時に放置して皺だらけになっていた服にアイロンをかけることにした。寮にもアイロンはあるだろうから、一度リビングへ行って聞きにいく。
「あぁ、ハル。どうかしたのか?」
リビングへ行くと、アリスと上比奈知が昼食を摂っていた。見たところ、二人ともパスタのようだ。確か昨日買ってきた物の中にあった気がする。
「アイロンってないかな」
「それならアカリが持ってると思う。部屋にいるだろうから聞いてみてくれ」
「分かった。ありがとう」
こうして僕は二階へ上がって、アカリの部屋を訪れる。ドアをノックすると、すぐに扉が開いた。
「どうしたのよ」
「アイロン貸して欲しくて」
「ちょっと待ってなさい」
アカリは扉を開けたまま、部屋へと戻っていく。ここから見ていると、アカリの部屋はさながら応接室のようだった。心なしか、僕の部屋よりも広く感じる。
「何よ、人の部屋ジロジロ見て」
「いや、すごい部屋だな……って」
「まぁ、それなりの物使ってるわね」
アカリはそれなりの物だと言うが、見たところどれも明らかに僕たち庶民では手の届かなさそうな高級品に見える。
「あぁ、これアイロン」
「ありがとう」
「えぇ。それじゃ」
僕がアイロンを受け取ると、アカリは部屋の扉を閉める。お目当ての物を手にした僕は部屋へ戻ることにした。
部屋に戻ってきた僕は、皺だらけになった服を一つずつアイロンをかけていく。数自体はそれほど多くないが、アイロンをかけるのはかなり久々で、予想以上に手こずった。
(ようやく終わった……)
アイロンがけを終えると、それもタンスへ仕舞っていく。定期的に服を買っていたつもりだったが、こうして見ていると、そこまでバリエーションは多くなかった。
ある程度片付けも終わったところで、一旦落ち着いて椅子に座ると、空腹を感じる。時計を見ると、持ってきたものを片付けている間に、随分と時間が経っていた。
僕がリビングへ行くと、そこにいたのは先生だった。
「先生、さっきはありがとうございました」
「いえいえ、構いませんよ」
先生はそう言って微笑んでいる。
「今からお昼ですか?」
「はい。気付いたら結構時間経ってて、この時間に」
「そうでしたか。昼食を摂り終えたら、私の部屋まで来てくださいますか? これからここで生活するにあたって、寮のことや、転科承諾の書類に記入をお願いしたいんです」
「分かりました。すぐ食べて行きますね」
「はい。では後ほどお願いしますね」
こうして先生は転科の準備をしに部屋へと戻っていった。僕はカップ麺を茹で上げると、舌が火傷しそうなほど急いで食べる。
食べたものをさっと片付けると、僕は先生の部屋へと向かった。
「どうぞ」
部屋をノックすると、先生の声が聞こえる。僕は静かにその扉を開けると、僕たちの部屋の二倍はあろうかという部屋で、大きな椅子に先生がゆったりと腰掛けていた。中に入ると、壁側には本棚がぎっしりと並んでいる。
「ではこちらへ」
「あ……はい」
先生に促されるまま、手前の椅子へと座る。目の前にはアカリの部屋にもおいてあったような長いローテーブルが置かれてあった。
「では、美旗さん。念の為、最後にもう一度確かめますが、貴方は正式に魔導科へ転科されますか?」
先生は真剣な表情で問うてくる。最近は気の抜けた姿を見慣れていたこともあって、一瞬気圧されそうになったが、雰囲気に負けずに、しっかりと先生の目を見て答えた。
「はい。転科します」
すると、先生はいつもの柔らかな表情に戻って、書類を数枚差し出す。
「はい。では、これで確定ですね。ではこの書類にサインを」
僕は先生からペンを受け取ってサインするが、そこに両親のサインがいることに気付く。
「あの……」
「ご両親のことであれば、ご報告は受けてあります。そのまま空欄で構いませんよ」
先生が気を遣ってくれているのがわかる。僕としてはもう慣れたことだったが、先生はすごく申し訳なさそうにしていた。
「はい。ではこれでお願いします」
僕は書いた書類を先生に渡す。先生はそれを見て確かめると、丁重に受け取ってくれた。
「では堅苦しいのはここまでです。これからはこの寮について少し説明をさせていただきますね」
先生は表情だけでなく、声色も普段の明るいトーンに変わる。その声を聞いて、僕も緊張が少し解けた。




