第三十一話 カウンター
僕は部屋で着替えを取ると、そのまま風呂場へ向かう。
軽く身体を洗った僕は、昨日と同じように浴槽の前で湯に浸かるか悩んでいた。
(やっぱり湯船に浸かるのはな……。でもアカリには気を遣うなって言われたし……)
散々悩んだ末、昨日アカリに言われた言葉に背中を押されて湯船に浸かることにした。これから二年間生活しなければならないのだから、もう仕方ないだろうと自分に言い聞かせ、そっと足を入れる。
湯船に肩まで浸かっていると、やはり疲れが取れていくのを感じる。最近は変な夢を見ることも多いし、やはりシャワーだけでは疲れが取れていないようだ。
(上比奈知さんの後か……)
少し経つと、余計なことを考え初めてしまう。一度気にすると、もう長くはいられなかった。
僕はすぐに風呂を出て、髪を雑に乾かすと、リビングへと戻る。
「あ、おかえり」
リビングの扉を開けると、ちょうど飲み物を持った上比奈知がキッチンから顔を出した。
「うん。ただいま」
上比奈知と二人でソファーの方へ行くと、アカリとアリスもそこにいた。
「お風呂お先にいただきました」
「あぁ。別に構わないぞ」
アリスの言葉にアカリも頷く。三人はソファーに座ってドラマを見ているようだった。
「アタシ次入ろうかしら」
「それ、見なくていいの?」
「アタシはそこまで興味あるわけじゃないし。アリスは見てるんでしょ?」
「あぁ。先に入ってくれると助かる」
「えぇ。それじゃ」
アカリはソファーから立つと、リビングを出て行った。
「美旗くん、こっちどうぞ?」
上比奈知は先ほどまでアカリが座っていたところをポンポンと叩く。だが僕がそこに座れば窮屈だろう。
「僕は床でいいよ」
僕は上比奈知が何か言う前に、テーブルの隣へ座る。
「ハル、ほら」
アリスは座布団をこちらへ渡してくれる。やはり上比奈知もアリスといる時はそこまで強くは出れないらしい。
「ありがと。……これ何見てるの?」
「美旗くんこれ見たことないの? 最近有名なやつだけど」
上比奈知は驚いた様子だった。僕も普段テレビを流したりはするが、大抵は家事や課題をしながら見ているため、ドラマのようにしっかり見ておかねば内容が分からないものはあまり選ばなかった。
「今まではあんまり時間なくて、ドラマ見る習慣がないかも」
「一人暮らしは意外と時間ないからな」
アリスも頷いている。それを上比奈知は興味深そうに聞いていた。
「そうなんだ。ここに来るまではほとんど家事なんてしてこなかったからなぁ」
「そうなのか? メイは料理も出来るし家事もしているものだと思っていたが」
「お母さんがここに入るまでに家事色々教えてくれたの。だらだらしてないでしっかりしなさい、って」
上比奈知は苦笑いしながら話す。今の様子から見ればあまり想像はできないが、ここへ来る直前までは家事はてんでダメだったらしい。
「恋愛系のドラマとかほんとに初めて見るかも」
「美旗くん、確かにそういうの見てなさそうだよね」
「え、そう?」
「うん。なんかそんな感じするよ?」
上比奈知は頬に手を当てながらこちらを見つめている。またからかわれているのかとも思ったが、アリスにも首肯されてしまった。
「そんなに……?」
「だって美旗くん、すぐ顔真っ赤にするから。あぁいうの慣れてないのかなって」
上比奈知にそう言われて、僕はここに来てからの記憶が走馬灯のように甦る。
「……ほら」
「メイ、やめてやれ。ハルはすぐ顔に出るんだから」
アリスに助け舟を出されて僕はほっと一息つく。
「…………そんなんじゃキスなんてできないんじゃない?」
上比奈知はいつものようにこちらを見て話すのではなく、ソファーの肘掛けに肘を置いて、向こう向きのまま小さな声でそう話した。
「メイ、顔真っ赤だぞ」
「ふぇ、う、嘘っ!? ……って、あ!」
アリスはニヤニヤと笑いながら上比奈知にカマをかけると、顔を真っ赤にした上比奈知がこちらを振り向いた。
「あー、もう! アリスちゃんったら」
「たまにはメイのこういう所も見せてやらないとな」
アリスは笑ったまま、上比奈知の方へとにじり寄っていく。
「今日は解散! 解散でーす」
上比奈知は両手を上げて大きく振る。事実上のギブアップだった。
「はは、まぁ今日はこのくらいにしておいてやろうか」
アリスは上比奈知の方から離れる。
「今日は遅いし、もうそろそろ僕は寝ようかな」
上比奈知がアリスにからかわれている間に、僕はそそくさと離脱することにした。
「逃げられちゃった」
上比奈知はまだ赤みの残った顔を両手でさすりながらも、頬を膨らませていた。
「今日は勘弁してよ」
それを聞いた上比奈知は何度か軽く首を縦に振る。
「はーい。おやすみなさい」
「おやすみ」
「ハル、また明日」
「うん。それじゃ」
こうして二人と別れた僕は寝室に戻って早速寝ることにした。
今日は一日中出かけていたからか、昼寝を下にもかかわらず、布団に入ると、すぐに眠りにつけた。
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湯船に浸かったからか、今日は変な夢を見ることなく目が覚めた。昨日あれだけ食べたのに、意外とお腹が空いている。服を着替えると、一旦リビングへ向かった。
「ハルか。おはよう」
「おはよう」
リビングにいたのはアリスだった。アリスは今朝の当番はなかったはずだが、相変わらず早くに起きているようだった。
「皆は?」
「アカリは洗濯物を干しに行ったな。メイは──」
「おはよ!」
ソファーから顔を出したのは上比奈知だった。どうやらそこで寝転がっていたらしい。
「朝ごはんキッチンに置いてあるよ」
「ありがとう」
上比奈知に言われて僕はキッチンへ向かうと、『美旗くん』と書かれた付箋の元におにぎりとおかずが置いてあった。
「さっき作ったとこだからまだあったかいと思うよー」
リビングの方から上比奈知の声が聞こえる。確かにまだ温もりを感じる。
僕はそれを持って、食卓へ戻る。
「いただきます」
「どうぞどうぞ」
ソファーにいた上比奈知だったが、僕が戻ると食卓の方へ移動してきていた。
「ハル、今日はどうするつもりだ?」
「これ食べて用意できたら一旦家帰ろうかな。片付けして、持ってくるものは持ってこないと」
「なら私もそれについて行こう。私の家もたまには掃除しないといけないしな」
アリスもそれなりの期間、家には帰っていないらしい。二人分掃除をするとなると、朝から行ってもかなり時間がかかるだろう。
「ただいま」
三人で過ごしていると、リビングの窓が開いて、洗濯カゴを持ったアカリが庭から戻ってくる。
「あ、おはよう」
「おはよ。今日はアンタの引っ越しだっけ?」
「そうそう。あとついでにアリスも家掃除したいらしくて」
「ならアタシたちも行くわよ。どうせ暇だし」
アカリは上比奈知の方を見ると、上比奈知も大きく頷いた。昨日断った手前こちらからは言い出しずらかったから、向こうから手を貸してくれるのはありがたい。
「それは助かる。私の部屋も結構埃が溜まっているだろうしな」
「ならさっさと準備しましょ」
「そういえば先生は?」
先生といえば昨日かなり酔っ払った状態でアカリに部屋へと連れて行かれていた。今まで寝ているならかなりの時間寝ているはずだが……。
「休日のサキは起こさなかったら絶対昼までは起きてこないわよ。書置きでもしていくわ」
ということらしい。皆があまりにも話題に挙げないからどうしたのかと思っていたが、杞憂のようだ。
「それじゃ、各自準備を終えたら玄関に集まること。アタシも用意してくるわ」
アカリはそう言って部屋へと帰っていった。僕も朝食を急いで食べることにした。




