第三十話 本宮アカリ
「サキ閉まってきたわ」
「閉まってきたって……。ほんとに大丈夫なの?」
「まぁ大丈夫でしょ」
先生の扱いがあまりにも雑すぎる気がするが、姉妹であればこんなものなのかもしれない。
「そういえばアイス買ってきてなかったっけ」
「そんなのお風呂入ってからにしなさいよ。それにアタシはまだお腹いっぱいだわ」
「順番どうする?」
「別に好きに入ったらいいじゃない」
アカリとそんな話をしていると、上比奈知が手を挙げた。
「なら私お風呂入ってきてもいい?」
「えぇ」
アカリの返事の後に僕も頷くと、上比奈知は早速席を立つ。
「なら、先にお風呂いただくね?」
「はいはい」
アカリが上比奈知にひらひらと手を振ると、上比奈知もそれに軽く手を返してリビングを去っていく。
「ね、本宮さん」
「…………」
アカリに呼びかけるが、何故か反応が全くない。
「あの……」
「え? あ、アタシ?」
アカリは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。
「ここ本宮さんしかいないでしょ」
「本宮って呼ばれたの随分久しぶりだったから、アタシのことだと思わなかったわ」
確かに今までアカリと話す時は、アカリから声を掛けられることが多く、このように僕から呼びかけて話すことはなかった気がする。
「そっか。ここだと僕以外にそうやって呼ぶ人いないもんね」
「慣れないし、アカリ、でいいわよ」
「ほんと?」
「だからそうやって言ってるじゃない。変に気遣わなくていいわよ。……で? 何か用?」
アカリは逸れた話を元に戻してくれる。
「ここって、寮費いくら? 僕まだ払ってなくて」
「タダよ」
「そっか。それじゃあまた準備してくるね」
「アンタ、話聞いてた? タ、ダ」
「え!?」
アカリは僕に向けてそう復唱する。二回目でようやく理解した僕は、驚きを隠せなかった。
「なんで……?」
「なんで、って言われてもね。サキがそうしたい、っていうからこうなってるのよ」
「えぇ……。それは本宮財閥が支払ってるの? ここの費用全部……?」
「ポケットマネーよ。サキのね」
「嘘でしょ……」
ショッピングモールでも先生は事あるごとにお金を出そうとしてくれていたが、寮の維持費を全て出しているなら、今更変わらないという事なのだろうか。
「その代わり家事は全部寮生がやることになってるのよ」
「なるほど……?」
一人暮らしだったから、家事をするのは普段と変わらない。それなのに、お金を出してもらえるというのは不思議な感覚だった。
「先生が起きたらお礼言っとくよ」
「ま、好きにしなさい」
そう言ってアカリは静かに笑う。いつもは先生を叱ってばかりだが、先生のことをよく言われるとやはり嬉しく思っているようだった。
「そういえばアンタ、魔道具はどうなってるの?」
「昨日上比奈知さんに治してもらって、ちょっとずつマシになってきたかも」
それを聞くと、なぜかアカリの顔はどこか寂しげな表情に変わる。
「……そう。アタシのはダメだったのにね」
アカリはポツリと呟く。だが、アカリの魔道具が壊れているという話は聞いたことがない。
「アカリの魔道具って、雷? のやつだっけ」
「そうよ。アタシの魔道具は招雷の振り鐘。動くけど、動かないのよ。あれはね」
アカリは辛そうな顔で魔道具のことを口にする。動くのに動かないとは一体どういうことだろうか。
「それって動くの? 動かないの?」
「ま、簡単に言うとだけど。あれにはアタシの魔力が伝わらないの」
「それなら動かないんじゃ?」
「魔導書が帯びた魔力を吸わせれば動かせるのよ」
確かに初めて会った時、アカリは魔導書を買うのが趣味と言っていた。それにはこういった理由もあるのだろう。
「でも、これじゃ根本的な解決にはなってない。あの振り鐘は確かにアタシの物なのに、アタシの魔力じゃ動かないんだから」
目線を下げながら話していたアカリが顔を上げると、その顔は今にも泣きそうだった。
「アカリ……」
「……余計なこと話しちゃったわね。こんな話にするつもりじゃなかったのに、なんでかしら」
アカリは目元を拭うと、そのまま席を立った。
「ううん、話してくれてありがとう」
アカリはこちらを振り返ることはなく、先ほど上比奈知にしたように手を軽く上げると、そのままリビングを去っていった。
上比奈知は風呂へ行ってしまったし、アリスとアカリは部屋へ帰ってしまった。一人リビングに残された僕は、ソファーに寝転がってテレビでも流すことにした。
テレビをつけると旅番組がやっている。時間を潰せればなんでも良かった僕は、それを流すことに決めた。
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「お風呂空いたよー、ってここにいるの美旗くんだけ?」
僕が旅番組を眺めていると、しばらくして上比奈知がリビングに戻ってきた。ソファーに寝転がっていた僕は、身体を起こす。
「うん。二人とも部屋戻っちゃって」
「そっか。それでここで寛いでたんだ?」
「あはは、ごめん。行儀悪いとこ見せちゃって」
「気にしない気にしない。そんなこと言ってたら息苦しくなっちゃうでしょ?」
上比奈知はそう言って明るく笑う。風呂上がりすぐだからか、頭にはタオルを巻いていて、いつもの長い赤髪はその中に仕舞われているようだった。
「ね、隣座っていい?」
上比奈知は少し屈んで問いかける。風呂上がりで上気した上比奈知の顔が近くに来ると、その温もりがこちらにも伝わってくる。
「……は、はい。どうぞ?」
「これ見てたの?」
「うん。適当に流してただけだけどね」
「旅かぁ……。いつか皆で行きたいね」
テレビを見ながら、上比奈知は柔らかな声でいる。
僕自身、何気なく見ていたが、ここの皆で旅行というのも楽しそうだ。
「ね、美旗くんはどこ行きたい?」
「海行きたいな。これから暑くなってくるし」
「ふーん? なら水着、また選びに行こっか?」
上比奈知はこちらを向いて、悪戯っぽい笑みを浮かべる。今日の出来事を途端に思い出して、急に恥ずかしくなってきた。
「……当日のお楽しみ、ってことで」
「あ、上手く逃げようとしてる。でも楽しみにしてくれるなら、気合入れて探してこようかな?」
「もう、からかわないでよ」
恥ずかしくなって目線を下げると、ドルフィンパンツを履いた上比奈知の足元が目に入って、思わず顔を上げた。
「どうしたの? 気になる?」
「い、いや……」
上比奈知はニヤニヤと笑っている。何か言わねばこのままの状態は変わらないが、何か言えるほど今は頭が回らなかった。
「お、お風呂。……入ってきてもいい?」
「ふふ、どうでしょう?」
そのまま風呂へ行ってくると言ってこの場を離れれば良かったのに、変な言い方をしてしまったせいで捕まってしまった。
「……なんて。お風呂行くならどうぞ?」
上比奈知は僕をからかいにからかった割には、すんなりと解放してくれた。
「いいの?」
「お風呂早く入らないとアカリちゃんに怒られちゃうし。また後で戻ってきてね?」
「覚えてたらね」
「来なかったら迎えに行っちゃうから」
上比奈知は柔らかく笑っている。夜はまだ長くなりそうだと思いながら、一旦風呂に入ることにした。




