第三話 二年A組
上比奈知と別れた僕は、そのまま職員室に向かって、本宮先生に転科を希望する旨を伝えた。その後はすぐに転科の手続きが行われ、明日から一旦魔導科へ行くことになった。
本宮先生には「こちらで席を用意しておくから、明日からは魔導科棟の二年A組へ来るように」と言われた。
クラスの人に別れを告げる間もなく移動するのは少し寂しく感じたが、僕とアリスが学校の中でよく会っていたように、同じ学内にいるのだからまたすぐに会うだろうし、また教室にも顔を出せばいい。それにもし魔導科に合わなければ普通科に戻ることだってできる。
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翌朝、僕は学校に行くと魔導科棟へ向かった。昨日まで許可証をかざしていたところには学生証をかざして魔導科棟に入った。昨日から分かってはいたことだが、一年間過ごした普通科棟と違う場所にいくというのはなんだか不思議な感覚だった。
僕は教室に着くと、どうせ鍵がかかっているのだろうと思い、控えめに戸を引いた。僕の予想とは裏腹に、鍵はかかっておらず、そのまま入ることができた。
初日から遅れないように始業より少し早く来たからか、中には誰もいない。昨日までは三つだった机が四つに増えている。僕がその席に着こうとすると、教室の扉が開いた。
「ハル、もう来たのか」
教室に入ってきたのはアリスだった。転科を決めて手続きをした後、アリスには連絡をしておいた。本当はアリスにも相談するべきだったのに、上比奈知に誘われるままに転科の話を受けたことに僕は少し罪悪感のようなものを覚えていた。それでもアリスは僕が転科するのを聞いた当初こそ驚いていたが、すぐに歓迎してくれた。
「うん。遅れないようにちょっと早めに来てたんだ」
「そうか。それにしてもハルがクラスメイトになる日が来るなんてな」
アリスは感慨深そうに言う。僕とアリスは昔から家が近く、両親がいないという同じ境遇の中にもあって仲が良かったが、僕とアリスは別の科で育ってきたため、一度も同じクラスになったことはなかった。
「そうだね。改めて、これからよろしく」
「あぁ。よろしくな」
アリスと話をしていると、また扉が開き、今度は上比奈知が入ってきた。
「美旗くん! もうこっち来たんだ?」
「うん。あの後転科の話を本宮先生にしたら、今日から魔導科に来てほしいって言われて」
「そうだったんだ。朝からいるからびっくりしちゃった」
「僕もまさかいきなり今日からとは思ってなかったよ」
上比奈知には転科の話を受けるとは言っていたものの、まさかこんなに早く来るとは思っていなかったようで、目を丸くしていた。
「私も驚いた。いくら人数が少ないとはいえ、そんな状態のハルも魔導科に来ることになるなんて」
「確かに椅子の数が少ないけど……」
初めて来た時にも気づいたが、机が四つしかない。しかし、教室に来るまでに教室が他にもあったから、少人数制なんだと思う。
僕のものが一つ増えて四つだから、生徒はアリスと上比奈知を除けば、後一人だ。
そんなことが脳裏をよぎったその時、扉が開いて最後の一人が入ってきた。
「二人ともおはよ。って、誰? アンタ」
「美旗って言います。今日からこっちに転科することになりました」
「そ、まぁよろしくね」
入ってきたのは、翠の瞳で、茶髪を肩口で切り揃えた少女だった。初対面にしては少し強い当たりだったが、確かにある日突然人が増えていたらこういう反応にもなるだろう。しかし、それにしても……
「アンタ、今アタシのこと小学生か何かだと思ったでしょ」
「え!? いやそれは……」
「どうせアタシは小さいわよ」
アリスと上比奈知と比べても、身長がかなり低い。小学生とまではいかないが、かなり幼く見える。それと、三人とも女子だったということは男子は僕一人だけだ。本宮先生も女の人だし、これでは流石に肩身が狭い。いくら人数が少ないとはいえ、せめて男子が一人ぐらいいるクラスに入りたかった。
「おはようございます。皆さん揃っていますね」
予鈴が鳴るとほぼ同時に本宮先生がやってきた。
「「「「先生、おはようございます」」」」
「まずは今皆さんで話していたようですが、美旗さんのことを説明しますね」
本鈴はまだ鳴っていなかったが、先生が僕の話をするとのことで、席に着いた。
「ご存知の方もいると思いますが、彼が美旗ハルさんです。正式に転科になるかはまだ分かりませんが、メイさんの力で魔道具が使えるようになったので一旦こちらに来ることになりました。ではお互い簡単に自己紹介をしましょうか。まずは美旗さんからどうぞ」
本宮先生に促され、簡単な自己紹介をすることになった。
「はい。普通科から転科してきた、美旗ハルです。アリスとは幼馴染で、この高校の近所に昔から住んでます。チェスが趣味です。よろしくお願いします」
「ありがとうございます。では次は……アカリちゃん、お願いできますか?」
先程の茶髪の少女はアカリというらしい。今更思えば、こちらは名乗ったのに向こうの名前を聞き損ねていた。
「ん。私は本宮アカリ。名前の通り、サキと姉妹なの。趣味はそうね、魔導書を適当に買って試すのが好きかしら」
平然と魔導書を何冊か買うとアカリは言ったが、魔導書は一度使うと焼き切れる上、一冊買おうと思えば車を買えるほどの額が必要になる。それを何冊も買うとは物凄いことだ。
「アカリちゃんは本宮財閥のお嬢様なの。魔導書はいつも買いすぎて先生に怒られてたりするんだけど……」
「メイ、余計なことは言わなくていいの」
本宮先生と妙に距離が近かったのはそういうことらしい。本宮財閥といえば財閥の中でも一番古い所だ。普通なら都市の魔道学院のような所に通っていてもおかしくはないだろうに、どうしてこんな地方都市に住んでいるんだろうか。
「まぁまぁ。それじゃ次は私かな。改めて、上比奈知メイです。趣味は読書と裁縫……かな。よろしくね」
「私も?」
「まぁせっかくですし、アリスさんも」
と、なぜかアリスまで自己紹介することになった。まぁでもアリスのことは昔から知っているが、今まで同じクラスになったことはないし、知らないことも意外と多いから改めてというのも悪くはない。
「まぁ、なんだ、長瀬アリスだ。こうして改まるとなんというか気恥ずかしいが……。そうだな、料理をするのと生花をしている」
昔からアリスの家に行くといつも何かしらの花が生けてあった。アリス曰く、その季節にあった花や花瓶があって、その花の質感にもよって変わってくるとアリスから聞いたことがあった。
「では、最後は私ですね。私は本宮サキと言います。先ほどアカリちゃんが話してくれましたが、アカリちゃんとは姉妹で、お父様が亡くなってからはその本宮財閥の会長を務めています。趣味は読書とお酒を少し。これからは美旗さんの担任になるので、よろしくお願いしますね」
「サキは今までかなり飛び級してきてるから、かなり若いけどこれで教師四年目なのよ」
確かに周りの先生よりも若いように見える。海外なら飛び級の話はよく聞いたりするが、こっちではほとんど聞いたことがない。それに、本宮先生が財閥の会長だなんて。
「もしかしてすごい人……?」
「同じ人間と思わない方がいいわ。私たちの授業全部担当しながら財閥の仕事もして、多分脳の作りから違うのよ」
「アカリちゃん、そんなに持ち上げても何にも出ませんよ」
そう言いつつも、先生はどこか嬉しそうだった。
アカリは僕が来たことにそこまでの嫌悪感はないようだ。今まで男子が一人もいなかったところに急に僕が来たら嫌な反応をされるかと覚悟してきたが、意外にもそんなことはなかった。
「それにしても魔導科が三人から増える日が来るなんてね。一年に魔道具使いがいないって聞いて諦めてたけど……」
「え、僕たちしかいないの? でもこの前廊下通った時に他の教室から声がしたけど……」
魔導科には僕たちしかいないというのは初耳だ。しかしいつも魔導科棟の電気はついているし、他の教室もある。一体どういうことなのだろうか。
「魔導科は美旗くんも含めて私たち四人だけ。魔導科棟は先生の力で何重にもセキュリティがかかってるの。美旗くんが最初来た時も扉、開かなかったでしょ?」
「あれは私の魔道具の力です。実はこの棟全体に細工がしてあるんですよ」
確かにそうだった。今日は普通に開いたが、今までは上比奈知に開けてもらうまで、ずっと扉は開かなかった。
「私の持っている魔道具は幻惑の旗。この建物自体に私の幻術がかかっているんです。今日は幻術を解いておきましたから、入ってきた時に人の気配は感じなかったでしょう」
「あれは朝だったからじゃないんですね」
「そうなんです。ここには皆さんの魔道具が置いてありますから、防犯対策ですね」
知らないうちに魔道具の効果が反映されていたとは。でも確かに、人の気配はするのに廊下を通る際に一人も生徒を見かけなかったのは少し違和感があった。
「今朝は一部の幻術を解き忘れていたので、美旗さんに余計な階段を登らせることになってしまって……」
「え?」
「実はここ、一階なんです。これもセキュリティの一つなんですが」
僕はこの教室に来るまで、毎回三階まで階段を上がってこの教室まで来ていた。それがまさか一階も登っていなかったなんて。
「もう解いてきたので帰るときはそのまま廊下を進んでもらえれば、魔導科棟の玄関に出られますよ」
「ありがとうございます……?」
「では一度休憩してから授業をしましょうか」
魔導科での生活は驚きの連続でスタートした。正直まだ頭が混乱してはいるものの、人数も少ないし、このクラスでならなんとかやっていける気がした。