第二十七話 束ねる者
「ではカートを取ってきますね」
先生はそう言って、近くにあるカート置き場へ向かう。
「結局何にすることにしたの?」
「刺身とだし巻きがいいらしいわ」
「それってお酒に合うのかな」
「日本酒が飲みたいとか言ってたわよ。何が違うんだか」
アカリは何がいいのかわからないとでも言いたげな様子で、首をゆったり横に振る。
「サキは刺身そのままが良いらしいけど、アタシたちは手巻き寿司にでもしましょ」
「やったぁ!」
上比奈知は顔を輝かせている。その反応を見たアカリ自身も嬉しそうだ。
「それではささっと買い物を済ませてしまいましょうか」
カートを取りに行っていた先生も戻ってきた。僕たちは先生の後についていく。
「足りてないのは……」
アカリは携帯のメモを見ながら野菜を手に取っている。野菜を選別しているが、財閥の令嬢とは思えないほど手際が良い。
「アカリちゃん、あとでお菓子見ていい?」
「あとでね。あと変なのは買わないこと」
「はーい」
上比奈知は元気よく返事をする。この間も見ていて思ったが、この二人は幼馴染というよりも親子のようだ。
アカリは身の丈こそ小さいものの、しっかりしていて、時々アリスといる時でさえも親子味がある。
「アカリちゃん、お酒見てきても良いですか?」
「後にしなさいよ」
「そっちの方が早く済むかと思いまして」
アカリは呆れている。先生がアカリに窘められるこのような場面もそろそろ見慣れてきた。
ここ数日過ごしていて思うが、先生は時々抜けているし、結局アカリが一番寮をしっかりまとめ上げている。
「何よ、人のことジロジロ見て」
「あ、ごめん」
「何よそれ」
僕が謝ると、アカリは怪訝な顔をしている。知らぬ間にアカリの方を向いてしまっていたらしい。
「そういえばアンタ、引っ越しはどうするのよ。結局こっち来るんでしょ?」
アカリに突然話を振られる。荷物を持ってくるとは言ったものの、正直何も考えていなかった。
「明日荷物まとめて持ってこようかなって」
「それにしたって荷物まとめたりしなくちゃいけないでしょ。まとめるもの持ってるわけ?」
「……ないかも」
「ならそういうのも準備しなさいよ」
「うん。ありがと」
僕がそう言うと、アカリは明後日の方向を向いてしまう。
「そんなこと言っても何も出ないわよ」
「アカリちゃん、照れちゃって可愛いですね」
「……サキ、次同じこと言ったら殺すから」
アカリはドスの効いた声で先生を牽制する。
「まぁまぁアカリ、こんな所で喧嘩はよせ」
まだ喉を唸らせているアカリを今度はアリスが抑える。
「……はぁ。サキはだし巻き半分ね」
「そんな! あれを楽しみに毎週過ごしているんですよ!?」
先生はこの世の終わりのような顔をしている。先生のこんな顔は初めて見た。
「毎週食べてるんですか?」
「はい。本当は毎日食べたいくらいなのですが、アカリちゃんに止められてしまいまして」
「あんなに味濃く作ってるのにそんなに食べたら病気になるわよ」
アカリたちとそんな話をしていると、生鮮食品売り場へとやってきた。
「アカリちゃん、何買うの?」
「お造りみたいなのがあればいいんだけど。サキは自分で食べるもの選んできて」
「分かりました」
アカリはここでも早々と買うものを決めてしまう。アカリの方がたくさん買っているのに、先生の方が時間がかかっていた。
先生は首を捻りながら、色々な魚を吟味していたが、アカリに急かされてようやく買うものを決めていた。
「そんなに悩むならどっちも買っちゃえば良かったんじゃ」
「サキがそんなことして全部取ってたら牛になるわよ」
「ついつい食べ過ぎてしまうので。この体型でいられるのはアカリちゃんのおかげですね」
そう言って先生は苦笑いを浮かべている。
「あとは足りないもの買って帰りましょ」
「お菓子は……?」
上比奈知は悲しげな顔でアカリを見つめる。アカリは完全に忘れていたようだった。
「そういえばそうだったわね。なら先に選んできたら?」
「アカリちゃん何がいい?」
「クッキーとかあったら買ってきて。紅茶に合いそうなやつ」
アリスは普段コーヒーを飲んでいるイメージがあるが、アカリが紅茶を飲んでいる姿はまだ見たことがなかった。よく飲むのだろうか。
「うん! 先生は何か要りますか?」
「私は大丈夫です」
「アリスちゃんは?」
「私も選びにいこうか」
アリスと上比奈知は最後に僕の方へ目線を向けてきた。
「僕はいいかな。先生たちと他のもの揃えてくるよ」
「そっか」
「それじゃあそっちは頼んだぞ」
「重いの多いから助かるわ」
こうして僕たちはアリスと上比奈知と別れ、必要な物を買い揃えることにした。
「最初は醤油ね、あとは──」
アカリはメモを見ながら歩いていく。その後ろを歩いていると、先ほど服屋の前で会った二人組が遠目で見えた。銀髪と紫髪だからか、異様に目立つ。僕たちが言えたことではないが。
「どうかしました?」
「さっき会った二人組がいるなーと」
「魔導学院の?」
「そうだと思います。髪色がカラフルだと待ち合わせとかでも便利そうですよね」
僕の話を聞いた先生は少し微笑んで、不在の二人について話し出す。
「アリスさんとメイさんはすぐに見つかりますね」
「赤と青ですもんね……。僕もそんな色だったらなぁ」
皆が様々な髪色をしている中で、一人黒というのはどこか味気なく感じていた。
「私たちの中に混ざっていれば、十分黒でも目立ちますよ」
「でもアンタ一人だと探すの難しそうよね、そこまで大きいわけでもないし」
「先生の魔道具で髪の毛虹色とかにならないですか?」
「……やります?」
「バカ、何言ってんの」
先生が少しタメを作った後にそう言ったが、アカリに即却下されて先生は下を少し出している。流石に本気ではなかったが、幻術でその場だけであればやってみるのも面白そうだ。
「ほらさっさと買ってメイたちのとこ行くわよ」
ふざけていた僕たちは、アカリに連れられて調味料や米などを揃えていく。五人分とだけあってどれも重たく、僕がこちらについてきて正解だった。
「あとはアンタの引越し用具?」
「でも僕が持ってくるものそんなに多くないよ。ダンボール二、三箱くらい」
「それなら私が車を出しましょうか」
「いいんですか?」
「えぇ。もちろん」
「気合いで持ってきなさい」
最後は根性論に落ち着いて始まったが、寮と家の距離はさほど離れていないし、車を出してくれるならすぐに運び出せるだろう。
「これで全部ですか?」
「そうね」
「ではアリスさんたちの元へ向かいましょうか」
買い物をほとんど終えた僕たちは菓子売り場へと向かうと、すぐに二人の姿が見えた。
「こっちは終わったわよ」
「私たちも大体決めたよ」
上比奈知はカゴいっぱいに菓子を詰め込んでいた。
「ちょっとメイ、買い過ぎよ!」
「アリスちゃんと話してたらどれも買いたくなって……」
「私もかなり入れてしまった。メイといるとつい、な……」
「ま、いいけど。どうせ食べるでしょ」
アリスも反省しているようだったが、こんな姿を見るのは珍しかった。やはり同性同士だと買い物も捗るのだろうか。
長くアリスと過ごしてきたのにもかかわらず、初めて見る一面に僕はどこか複雑な気持ちを抱いていた。
「それでは帰りましょうか」
お菓子も選び終えた僕たちは、ようやく帰宅することになった。レジ前の時計を見るに、家に着く頃には夕方になっているだろう。
僕たちは休日でかなり混んでいるレジでの会計を済ませ、車へと戻っていていた。
「これ、そっち積める?」
カートの荷物を積み終えると、上比奈知は手荷物を渡してくる。車の中にはまだまだ余裕があった。
「大丈夫だよ。上比奈知さん、もうそっち何もない?」
「うん。大丈夫かな」
最後にカートを返して、僕は車に乗り込んだ。
「カートの返却、ありがとうございます。それでは行きましょう」
僕がシートベルトを締めると、車が発進する。
最近は家と学校の往復で、どこかにいくことも少なかったから久々に楽しい一日だった。皆は毎週ここにきて買い物をしていると言っていたし、これからはこんな日々が続いていくのだろう。
席に着いて少ししていると、少しずつ眠くなってきた。後ろの口数も少ないことを考えると、皆寝てしまっているのかもしれない。
「美旗さんも、眠いなら寝てしまって構いませんよ」
「すみません、ありがとうございます……」
先生にも気を遣われ、僕はその厚意に甘えることにして、目を閉じた。




