第二十二話 喧騒の中で
「先生はどうしたんだ?」
上比奈知とアカリが話をしていると、アリスが席に戻ってきた。
「なんか電話かかってきたみたいで、席外してる」
「そうか」
アリスは慣れた様子で受け止めているようだった。
「すみません、戻りました!」
先生がパタパタと歩いて戻ってくる。
「お疲れ様です。これ、ごちそうさまです」
アリスは買ってきたコーヒーを先生に見せると、先生は軽く微笑んだ。
「次はどうする?」
「アリスが服見たいって言ってたわよ」
「そうなんだ。行くとこは決まってるの?」
「あぁ。今年はまだ肌寒いから何か羽織るものが欲しくてな」
今年は例年より気温が低く、朝晩はまだ冷える日が続いていた。寒がりなアリスにはまだまだ堪えるのだろう。
「メイさんは何を買われたんですか?」
先生が言及しているのは上比奈知が持っている大きな袋だ。恐らくは先ほどの店で買った物が入っているのだろうが、一体どれほど買ったのだろうか。
「服いっぱい買ってきました! 黒黒のセットアップが可愛くて──」
上比奈知は先生と服の話をしているが、僕ではあまりついていけそうな話ではなかった。
「どうしたのよ、ボーっとして」
「いや、女子の服の話なんて全然分からなくて……」
「そういやそうか。アンタも大変ね」
アカリは少し笑いながら、哀れみの目でこちらを見る。男が一人もいないというのはこういうところでも弊害が出てきてしまう。
僕は大人しく皆が飲み物を飲み終えるまで待っておくことにした。
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「それじゃあそろそろ行こうか」
最後にコーヒーを飲み終えたアリスは、少ししてから口を開いた。
「そうね。アリスの終わったらお昼にしましょ」
「あぁ」
こうして僕たちはカフェを出て、アリスの行きたい店へと向かうことにした。
「それ、持つよ」
「いやいや、重いよ? アカリちゃんのも入ってるし……」
僕が上比奈知の紙袋を持とうとすると、上比奈知は遠慮してさっと持ち上げた。
「大丈夫だよ。それに重いんでしょ?」
「……ならお言葉に甘えて」
上比奈知は紙袋を僕の方に手渡す。その時、少しだけ上比奈知の手が触れて、この間上比奈知に手を握られて部屋へ招かれたことを思い出した。
「……あ」
「もう、気にしないって。手、離すね?」
「うん。大丈夫だよ」
上比奈知から紙袋を受け取ると、服が入っているにしてはかなり重たかった。
「何着買ったのこれ」
「アカリちゃんの服が多かったから……。あとアリスちゃんのも入ってるよ」
「アリスもあんな感じの所で服買うんだね」
「私たちと一緒に行った時にたまに買うくらいだよ?」
「いっつも恥ずかしそうに試着室から出てくるのよね、アリスは」
アカリの話を聞いたアリスは真っ赤な顔でアカリに詰め寄る。
「ア、アカリ! わざわざハルにそんなこと言わなくてもいいだろう!」
「いいでしょ、別に。アンタたち幼馴染なんだし」
アカリはよく分からない論理でアリスの追及をのらりくらりと避ける。
「というか、あんな服を着せられたら恥ずかしくもなるだろう普通は!」
「アリス、どんな服着せられたの?」
「今それを聞くか!? 先生も助けてくださいよ」
困り果てたアリスは先生に助けを求める。だが、先ほどの車でも感じたことだが……。
「私も気になります」
「先生まで! いつもこうなるんだ。全く……」
アリスは2列で歩いている僕たちの一番後ろへ行っていじけている。
「アリス、言ってた店着いたよ」
アリスの目的地は先ほどの店よりは大人向けの、シックな店だった。白を基調とした店内で、メンズの服も置いてあるようだった。これなら僕と先生も問題なく入れそうだった。
「あぁ。……なんだか上手く誤魔化されてる気がするが」
アリスは少し首を傾げていた。
「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。羽織るもの、でしたか」
「そうですね。カーディガンなどが良いかと思うんですが」
「アリスちゃん、これは?」
上比奈知が手に取ったのはくすんだ水色のカーディガンだった。
「うーん、制服の下には合いそうにないな」
「何、制服に合わせるつもり?」
「あぁ。まだまだ教室は冷えるからな」
「ならこれとか良いんじゃない」
アカリは透かし編みされたアイボリー色のカーディガンを指差す。
「確かに。これなら私服にも十分合わせられそうだ。これにする」
「アリス、アンタほんとに即決よね」
「こういうのは悩んでいても仕方ないからな」
「アンタはほんと、なんでも似合うから良いわよね。サイズ感も合わないなんてことないし」
アカリはため息をついている。アカリも十分なんでも似合う気がするが、また同性が見れば違うのかもしれない。
「アカリだってなんでも似合うじゃないか。……それじゃあ私はこれを買ってこよう」
そう言ってアリスはレジの方へと向かって行ってしまった。
「それにしてもサイズ合わないなんてことあるの? なんでも入りそうだけど……」
「ブカブカになるわよ! アンタわかってて言ってんじゃないでしょうね」
「そっか。丈なんて詰めれば良いと思ってた」
「限度があるでしょう限度が」
それを聞いて先生と上比奈知は楽しそうに笑っている。
「美旗くんとアカリちゃんも結構面白い相性してますよね?」
「そうですね。メイさんやアリス産とはまた違う形ですが、良い雰囲気に見えます」
「二人ともニヤニヤしてなんの話してるのよ」
「ふふ、なんでもありませんよ」
「アカリちゃん可愛いな、って話だよ?」
「絶対違うでしょ」
そんな話をしていると、アリスが戻ってきた。
「アリス、それ一着でよかったの?」
「あぁ。一応さっきも服は買っているし、それほどこだわりがあるわけではないからな」
「そっか」
確かに僕が今持っている紙袋にアリスの服も入っていると上比奈知が話していた。先生とお茶をしている間に本命の買い物は終わっていたらしい。
「それでは良い時間ですし、ご飯にしましょうか」
「サキはさっきフラペチーノ飲んだでしょ」
「私は大丈夫ですよ」
「私も大丈夫! 結構食べれる方だし」
「アンタたち凄いわね……」
アカリは薄目で二人を見つめている。確かに先ほど飲んでいたものは飲み物の中ではかなり重たいものだ。
「アカリちゃんはそれほどお腹は空いてないですか?」
「軽く食べれたらなんでもいいわ」
「なら洋食屋さんにしましょうか。久々にオムライスが食べたくって」
先生の提案に皆賛同する。僕は特に食べたいものはなかったが、先生の話を聞いていると僕もオムライスが食べたくなってきた。
「はいはい。それじゃ、行きましょ」
先生とアカリは話しながら洋食屋へ歩き出してしまった。
「私何食べよっかな」
「あそこは中々メニューが多いからな。悩むのも分かる」
アリスはうんうんと頷きながら、上比奈知と並んで歩いている。
僕はその後を後ろから追う。
最近は一人で買い物をすることが多かったから、これだけ賑やかなのは個人的にすごく嬉しかった。
魔導科寮に来てまだ数日だが、僕は着実に皆との生活に馴染み、楽しんでいることが自分でも分かる。揶揄われるのはくすぐったいが、悪意や棘がないことは皆の声色や表情ですぐにわかる。
それもあってか、僕もそれを純粋に楽しめていた。
(このまま皆でずっと過ごしていけたらな)
皆との共同生活を楽しむ反面、この生活が終わってしまえば、一人に戻ってしまうのだという寂しさが胸の中にずっとつかえている。
だが、僕がいきなりこんな話をしても皆困惑するだけだろう。皆を困らせるくらいなら、この気持ちは胸にしまって、この生活を楽しんだ方がいいのではないかとも思う。
「美旗くん、早く早く」
「ハル、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。二人とも、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
余計なことを考えていると、足がほとんど止まってしまっていた。上比奈知たちに促されて、アリスと三人、並んで歩く。




