第十九話 温もり
僕が課題を終え、窓を開けると、ポツポツと雨が降ってきていた。予報にはなかったが、通り雨だろうか。
「ハル、晩御飯できたぞ」
「うん、今行く」
アリスに夕飯を取るよう言われた僕は、リビングへと出てきていた。
「先生、お帰りなさい」
「ふふ、ただいまです」
リビングには皆揃っていて、僕を待ってくれていたようだった。
「それでは食べましょうか」
「「「いただきます!」」」
僕が席に着くと食事が始まった。
「皆さん揃ったところで聞きたいのですが、出かけるのは明日でいいですか?」
上比奈知たちは昨日、実習をクリアすれば、週末に先生に車でどこかへ連れてってもらうという約束をしていた。無事それを終えた三人を前にして、先生は皆の予定を確認する。僕はあまり関係なかったが、流れで連れて行かれることになった。とはいえ元々予定はなかったから、ただ首を縦に振るだけだ。
「アンタが行けるならアタシたちは大丈夫よ」
「そうですか。では明日ということで」
こうして明日はショッピングモールへ出かけることになった。魔導科に入って初めての休日だが、いつもより充実した一日になりそうだ。
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夕飯を終え、風呂に入り終わった僕は、魔道具を持って上比奈知の部屋の前まで来ていた。
(ほんとに入らなきゃダメなのかな……)
そんなことを考えてもいたが、ここにずっと立っていて他の誰かに見られたら、明らかに不審者に思われてしまうだろう。
僕は観念して上比奈知の部屋をノックした。
「はーい。今開けるね?」
僕が控えめに扉を叩くと、すぐにドアが開いた。
「ほ、ほんとに入るの?」
「うん。さ、どうぞ!」
上比奈知は僕の言葉を気に留めることもなく、僕の手を握って部屋へと引き入れた。
じんわりと上比奈知の温もりを感じて、顔が真っ赤になっていくのが自分でも分かる。
「ふふ、どうしたの? ……緊張してる?」
「女の子の部屋入るのなんて初めてで……」
「アリスちゃんの部屋は?」
「家は行ったことあるけど、こんな、アリスの部屋にまで入ったことないよ……!」
「ふーん? だから、そんなに顔真っ赤なんだ?」
「え、それは……」
上比奈知は意地の悪い顔で僕を揶揄う。本来なら否定したいところだが、そんなことをすれば墓穴を掘ってしまうのは明白だった。
「それとも、手を握られたから?」
「! あ、いや、そんなこと……」
「ふふ、美旗くんってほんと顔にすぐ出るよね」
上比奈知は真っ赤になった僕の顔を見てくすくすと笑っている。上比奈知の手のひらで弄ばれているのに、不思議と怒りたい気持ちは湧いてこなかった。
「もう、僕で遊ばないでよ」
「はいはい。それじゃ、時計治していこっか。ほら、そこ座って?」
「うん。ありがとう」
上比奈知は本当に聞いているのかいないのか分からないような生返事だけすると、僕を椅子に座るよう促した。部屋には椅子が一つしかなかったため、上比奈知はベッドに腰掛ける。
「分かったよ。はい、これ」
僕は魔道具を取り出すと、上比奈知も自身の魔道具である指輪を指に嵌める。
「うん。……始めるね?」
「お願い」
こうして上比奈知は時計を手で包み込んで、魔道具の能力を行使する。この間と同じように、上比奈知の手から淡い光が溢れ、指輪は耀き始める。
僕はそれを見守っていたが、どうしても先ほど握られた手の方に目線が向いてしまう。温かく、柔らかなその手の内からは時間が経つに連れ、光がどんどんと溢れてくる。それに伴って指輪は一層耀き、反比例するように上比奈知の顔色はずっと悪くなっていった。
「これで……今日は終わり……かな……」
「大丈夫!? 前の時もそんな感じだったけど……」
「やっぱり人を治すときとはまた違うみたい。慣れてないから、余分に魔力使っちゃうんだと思うの」
「ほんとに大丈夫なの……? それ……」
「心配しなくてもすぐ戻るから、安心して?」
そう言う上比奈知の顔色は、まだ真っ青だった。
「ほら、結構治ってきたでしょ?」
土色の顔で上比奈知はそう話す。
「ほんとは美旗くんに心配かけないくらいにちゃんとしないといけないんだけど……。でも、魔道具は壊れないようにするから安心して。ね?」
上比奈知はこの後に及んで僕が魔道具が壊れるかどうかの心配をしているとでも思っているのだろうか。無論、流石にそんなことを本気でそう思っていることはないだろうが、僕は上比奈知の強がりに珍しく少しだけ怒りを覚えていた。
「ねぇ、上比奈知さん。僕が魔道具の心配してると本気で思ってるの?」
「ふふ、どうでしょう」
上比奈知は疲れ切った顔に無理矢理笑みを貼り付ける。
「ねぇ、僕はほんとに……!」
「分かるよ? 心配してくれてることくらい。でも、どうしてかその時計が気になっちゃって」
僕の声を遮るように上比奈知はそう口にする。
少しずつ顔色も元に戻ってきているようだった。
「はぁ……。でも、なんだかこの前よりかなりしんどそうだったけど、何かあったの?」
「今日で先生の課題クリアしたかったから、ちょっと無理しちゃったの。それで魔道具の修復もしちゃったから……かな」
「それ、わざわざ今日じゃなくても良かったんじゃない……?」
「今日は魔道具の調子良かったから、今日中にやっておきたかったの。それに明日は出かけるし、明後日になったら、美旗くん帰っちゃうかもしれないなぁって」
上比奈知は寂しげな顔だ。僕としてはこのまま転科するつもりでいたから頭になかったが、上比奈知からすれば、僕は普通科に戻る可能性のある転入生という見え方だったのだろう。
「僕、もう戻らないよ。だから無理しないで」
「……ほんと?」
「うん。日曜には家の物こっち持ってきちゃおうかなって」
「嘘だったら教室まで追いかけに行くから、覚悟しててね?」
上比奈知は笑いながらそう話す。その顔色は先ほどと比べても随分良くなっているようにも見えた。
「ほんとだって。週明けには先生にもそう伝えるつもりだし」
「良かった……! なら美旗くんもほんとに魔導科の人になるんだね」
上比奈知は大きく息を吐くと、座っていたベッドに身を預けた。
「うん。とりあえずやれるだけやってみるつもり」
「そっか……」
上比奈知は感慨深そうにしている。やはり自分が治した魔道具で、魔導科の人数が増えるというのはかなりの達成感があるのだろう。
「それじゃあ、僕は部屋戻ろうかな」
「えー、もうちょっと話していこうよ」
上比奈知は寝転がっていたベッドから起き上がって、こちらを見る。
「女子の部屋に用もないのに長くいるのはちょっと……」
「うーん。そうだ! なら明日の予定立てよ?」
先程まで真っ青な顔で苦しんでいた姿はどこへやら、上比奈知は閃いた、とでも言いたげな顔つきだ。
「明日行くのってショッピングモールだっけ? そんな毎週テナント変わらないんじゃ……」
「服とかなら結構変わったりするよ?」
「服とかあんまり見ないなぁ。毎年おんなじの使い回してる」
「なら明日、新しい服買おうよ。私たちが選んであげるから」
上比奈知は得意気だ。だが、最近の僕の扱いを見ていれば心配になってきた。
「もう遊ばれる気しかしないんだけど……」
「ふふっ、遊ばないよ?」
上比奈知はもう笑いを堪えきれていなかった。口ではそう言っているが、明日の結果はほとんど見えていた。
「まぁ明日、楽しみにしてるよ。それじゃあもう行くね」
「はーい。おやすみなさい。また明日」
「うん。おやすみ」
こうして僕は上比奈知の部屋を出て、部屋に戻ることにした。
それにしても、上比奈知に言われて改めて思い返すと、皆僕が短期間で馴染めるように色々と気を遣っていてくれたことに気付かされる。上比奈知自身は僕で遊んでいる、と言っているが、あれも上比奈知なりに距離を縮めようとしてくれているのだろう。
僕は自分の部屋に帰ると、そのままベッドに入って眠りに着いた。




