第十八話 天真爛漫
「美旗さん、お疲れ様でした」
僕が扉を開けると、その前には先生が待っていてくれた。
「ありがとうございます。まだ浮遊感が身体に残ってます」
「ふふ、そうですか。魔道具は発想次第で出来ることが大きく広がっていきますから、これからも頑張っていきましょうね」
「はい。頭柔らかくして考えてみます」
僕がそう話すと、先生は大きく頷いた。
確かにこの実習で僕はどうやって崩落前に走り切るか、ということばかり考えていたが、先生は飛んでから加速すればいいという一つの回答を見せてくれた。
今まで一般人となんら変わらない生活を送ってきた僕には、それこそ逆立ちしても出てこないような発想だったと思う。
「そういえば、アリスたちはどうなってるんですか?」
「皆さんなら、先ほど戻ってきて車の中で待っていますよ」
「もう終わってたんですね」
先生と車に向かいながら話していると、上比奈知が車の窓を開けて顔を出した。
「おかえりー! どうだった?」
「先生に助けてもらってなんとか渡り切れたよ」
「そっか! よかったね」
「うん。そっちも終わったの?」
「勿論! 凄かったんだよ? アカリちゃんがね……」
上比奈知は楽しそうにアカリの話をしてくれる。どうやら最後はアカリが持っていた魔導書で決着したらしい。
「いいじゃない、そんなこと。早く帰りましょ」
アカリは僕に早く車に乗るよう促す。
僕が車に乗ると、先生がエンジンをかける。
「それでは帰りましょうか」
「はーい!」
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「皆さん、着きましたよ」
「……もう着いたんですか……?」
実習を終えた僕たちは学校へと戻ってきていた。
席に座るまではそれほど疲れを感じていなかったが、車が発進してすぐに眠気がやってきてそのまま眠ってしまっていた。
「はい。これで本日の授業は終わりです。特に連絡事項はありませんから、魔道具を置いたら寮へ帰っていただいて構いませんよ」
「分かりました。運転ありがとうございます」
僕はまだ眠い目を擦りながら、先生にお礼を言って車を出る。
「んーっ。今日も疲れた……!」
「でも明日から休みなんだし、こんなものでしょ」
上比奈知は車を出ると大きく伸びをして、アカリと校舎へ歩き出す。
「それじゃあハル、私たちも行こうか」
「うん。今日の晩御飯って当番誰だっけ」
「今日は私だな。明日また買い物に行くし、今日は冷蔵庫の残り物で何か作ろう」
アリスは冷蔵庫の中に何があったか考えているようだった。
「ハル、今日の実習はどうだった? 課題はクリアできたらしいが」
「先生がほとんど答えくれたからね。魔道具って難しいなって思ったよ」
僕は実習の顛末をアリスに話す。
それを聞いたアリスは苦笑いをしていた。
「踏み切ってから加速……か。発想の転換は魔法の基本だが、いきなりこれを素人にやれと言うのはな」
「先生って意外とスパルタだよね」
「あぁ。本人の実力が私たちと乖離しすぎているからな。本人はそこまで厳しいとは思っていなさそうなのがまた厄介な所だ」
「確かに。ちょっとわかるよ、それ」
「ふふっ、だろう?」
そんな話をしながらアリスと笑い合っていると、上比奈知が戻ってきた。
「どうしたの?」
「アカリちゃんと先言ってたら二人がちっとも来ないから呼んできて、って言われちゃったの」
上比奈知の話によれば、アカリは教室の鍵を取りに行っているようだった。
「ごめんごめん、それじゃ戻ろう」
こうして僕たちは教室へと戻ることになった。歩き出した上比奈知の後を僕たちも追う。
「やっと戻ってきたわね」
「ちょっと話し込んじゃって」
「ま、いいけど。さっさと帰るわよ」
そう言ってアカリは歩き出した。明日から休みだからか、アカリの足取りはどこか軽いようにも見える。
「待ってよ」
「早くしないと置いてくわよ」
「魔道具置いてくるから、ちょっと待ってて」
「美旗くん、今日それ持って帰ってきて欲しいの。また治してみたくて」
上比奈知に頼まれて僕は魔道具を鞄にしまう。
「分かった。でも持って帰って大丈夫なの?」
「寮なら大丈夫だろう。あそこも先生の先生の結界内だ」
「そっか」
そして僕たちは帰る用意を済ませると教室を出た。
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「「ただいまー!」」
家に着いて玄関を開けると、第一声が完全に上比奈知と被ってしまった。
「なんだ、息ぴったりじゃないか」
「たまたまだよ。最近帰ってきたら皆いるから、ただいまって言うのが癖になってて」
アリスが茶化してくるから、慌てて弁明する。
「メイとそこまで似てる気はしないけど、波長が合うのかしらね」
「もう、アカリちゃんも変なこと言わないの」
上比奈知もアカリに揶揄われているようだった。こうしてみると、アリスとアカリもどこか似た雰囲気を感じる時がある。
僕とアリス、上比奈知とアカリ、どちらも幼馴染というのもあるだろうか。
「それじゃ、私は夕飯の準備でもしようかな」
「僕は宿題してくるよ」
「あぁ。ちゃんと抜けがないようにな」
「うん。ありがとう」
「それじゃアタシも部屋に戻ろうかしら」
「なら私は何するかお菓子食べてから考えようかな」
こうして僕たちは各々別れ、僕は部屋に戻ってきた。
(課題か……。疲れてるけど、さっさとやらないとな)
僕は椅子に座って、少し休憩を挟もうかとも考えたが、そうして最近は椅子で眠ってしまうことが多い。明日明後日も休みとはいえ、明日は皆で出かけるようだし、このまま寝てしまうのは良くない。
僕はカバンから荷物を取り出して、渋々課題を始めることにした。
僕が課題を進めていると、ある程度進んだところでドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「美旗くん、鍵かけなきゃダメだよ?」
そう言って部屋に来たのは上比奈知だった。寮の部屋にはしっかりとした鍵がついているが、僕は全然使っていなかった。
「この前私が起こしに来た時も鍵かけてなかったでしょ?」
「僕がわざわざ鍵かけなくてもいいかなって」
「もう」
上比奈知は頬を膨らませている。
「そんなことより、どうしたの?」
「さっき言ってた魔道具のことなんだけどね? 今晩部屋に来て欲しいの」
上比奈知はそう言ってこちらを覗き込む。深い赤色をした目とぱっちり目が合って、蛇に睨まれた蛙のように僕は動けなくなってしまった。
「え、でもこれ部屋に持っていったらいいんじゃ……」
「使用者が近くにいた方が何かあった時に対応しやすいと思うの。だから、ね?」
上比奈知はすっと顔をこちらに寄せてくる。ふわっと良い香りがして、思わず僕は顔を逸らした。
「分かった、分かったから……」
「ふふ、それじゃまた後でね?」
上比奈知は悪戯っぽく少し笑みを浮かべて部屋を出て行った。
普段はいかにも天真爛漫といった上比奈知だが、二人きりになるとあんな表情も見せてくる──というのは僕の気にしすぎだろうか。
本人は無自覚なのかもしれないが、僕の心臓はまだ早鐘を打っていた。




