第十三話 テリトリー
「美旗くん、何食べよっか?」
スーパーに入店した僕たちはカートを押しながら店内を歩いていた。
「何が良いかな。こういう疲れてる時っていつもは割引された惣菜とか弁当とか買ってたから……」
「そんなのじゃ身体壊すよ?」
「う、それアリスにも言われたんだよね」
「……そうなんだ」
上比奈知の目線が痛い。やはり食生活が乱れているというのは印象が良くないのだろう。僕は慌ててフォローすることにした。
「普段は自炊の方が多いけどね」
「自炊ってアリスちゃんに教えてもらったの?」
「最初は僕を引き取ってくれた叔母さんが教えてくれたんだ」
「そっか」
上比奈知はそう、とだけ呟いて少し俯いたが、すぐにパッと顔を上げた。
「うん。あ、でも中学の時はアリスに結構ご飯作って貰ってて。その時のご飯未だに作ったりするから、間接的に教えて貰ってるかも」
「……ふーん。料理って、どんなの作って貰ってたの?」
「昨日出てきた唐揚げとか、あとハンバーグとか、色々作って貰ったな。昔は料理のレパートリーも多くなかったから、ほんとに嬉しくて」
僕はアリスに作って貰った料理を思い返していた。今思っても本当に色々な料理を作って貰った気がする。アリスが作る料理を見て、作れる料理も多くなっていった。
「……なら、今日ハンバーグにしよ! 一緒に作ろ?」
「分かった。そうしよっか」
上比奈知はこれに決めた! と言わんばかりの顔で、僕も久々にハンバーグが食べたくなってきた。
今夜の献立が決まったところで、僕たちは材料を買い集めることにした。
「ミンチは要るよね。玉ねぎって家にあったっけ」
「あったと思うよ? アリスちゃんが卵が切れたー、って朝言ってたから卵買わないと」
「ならそれも買おう。あとは……」
こうして僕たちは買い物を進めていく。一度作るものが決まってしまえば、後の買い物は早いものだ。
「これで大体全部揃ったね?」
「うん。それじゃあそろそろ帰ろうか」
食材を大方揃えた僕たちは、会計を済ませて帰路へと着くことにした。上比奈知が持ってきていた袋に買ったものを詰めていく。
「もう外暗くなってきてるね」
「ほんとだ。皆待ってるだろうし急ごうか」
外に出ると、陽はほとんど沈んでいて、街頭が点き始めていた。先生もそろそろ帰ってきているだろうか。
「うん。とびっきり美味しいの作っちゃうんだから」
上比奈知はかなり張り切っている。これは期待できそうな予感がする。
「楽しみにしてる」
「美旗くんも一緒に作ってくれるんじゃなかったの?」
「それなら皆に美味しいって言ってもらえるように頑張らなきゃ」
「うん! 二人で、ね?」
僕は上比奈知の言葉を首肯した。僕たちが話しながら歩いている間にも、どんどんと陽は落ちていく。
あたりはすっかり暗くなってきていた。
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「「ただいまー!」」
「おかえり。思っていたより早かったな」
玄関を開けると、ちょうど二階から降りてきたアリスが出迎えてくれた。
「結構速く献立決まったの。今日はハンバーグです」
「ハンバーグか。前はよくハルに作ったな」
「それ美旗くんも言ってて、私も作ってみようかなって」
「私も手伝おうか?」
上比奈知の言葉を聞くと、アリスは若干食い気味に反応する。
「ううん、大丈夫! 美旗くんと作ることにしたの。ね?」
「うん。アリスは今日当番だったし休んでて」
「…………あぁ」
アリスは一言そう呟くと、また部屋へと戻っていった。やはり疲れているのだろうか。
「それじゃあ早速準備しようか」
「うん!」
僕たちはまず洗面所で丁寧に手を洗って、キッチンへ向かった。上比奈知は買ってきた食材を冷蔵庫に詰めている。
「ここ包丁ってどこにあるの?」
「シンク下にあるよ」
上比奈知の指示に従っての扉を開けると、包丁が掛けられてあった。僕はそれをそっと取り出す。
「まずは玉ねぎからかな」
僕は買ってきた玉ねぎの皮を剥き、少し水で洗っていると、食材を入れ終えた上比奈知が隣へ来た。
「じゃ、私これ切っちゃうね」
上比奈知は玉ねぎを手早くみじん切りにしていく。小気味の良い音がキッチンに響いていた。
「美旗くん、これ炒めてくれる?」
玉ねぎの皮を剥き終わった僕は、みじん切りにされた玉ねぎを炒めていく。少し炒めていると、いい香りが漂ってきた。
上比奈知はまだみじん切りをしている。何か話そうかとも思ったが、話す話題もすぐには見つからず、しばしの間みじん切りをする音と、玉ねぎを炒めている音だけがキッチンに響いていた。
「……そういえば、魔導科ってこの人数で体育祭の時とかどうしてたの?」
僕はふと、リビングの壁に掛けられてあったカレンダーが目に入った。あと1ヶ月もすれば体育祭の時期だ。去年のことを思い返してもみたが、あまり記憶には残っていなかった。
「体育祭なら十張の魔導学院に行ってそっちに参加するの」
十張とは、ここ桔梗ヶ峰から電車で一時間くらいの所にある地方都市だ。魔導科は魔導科だけでということなのだろうか。
「そうなんだ。普通の体育祭と変わらない感じ?」
「ううん、魔道具使って体育祭するの。いろんな能力が見れて結構面白いよ?」
「聞いてる感じ面白そうだね」
そんな話をしていると、玉ねぎが飴色になってきた。僕は玉ねぎを皿に移して粗熱を取る。
「魔導学院の高等部はないけど、魔導学院の大学生の人たちが模擬戦とかもやったりするの」
「模擬戦?」
「サッカーとかの競技場?みたいな所でね、一対一で戦うの。お祭りみたいなものだけど」
聞いている限り、古代ローマの剣闘士の戦いのようだ。エキシビジョンマッチということなのだろうが。
「大学行ったらそんなのもやらなくちゃいけないんだね」
「志願制だって先生が言ってたよ。先生も魔導学院に籍あるから出れるみたい」
「そういえば先生飛び級してるって話だったけど、魔導学院の人なの?」
「詳しくは分からないけど年齢的には大学生だから……。一応、ってことなんじゃないかな」
いつもの落ち着いた振る舞いからはとても大学生には見えないが、先生がまだそんな年齢だったとは驚いた。
「え、そうなんだ。全然初耳だった」
「魔導学院行ったら有名なんだよ。飛び級ってほんとに珍しいから」
「先生と歩いてたら周りに人だかりできるかな」
「ほんとに先生が歩いてると結構な人だかりになるよ?」
そう言って上比奈知は付け合わせを作っている手を止めて、このくらいの人だかりができると手で示す。冗談で言ったはずが、僕が考えていたよりもしっかりと人が集まるらしい。
話に夢中になっていると、玉ねぎもある程度冷めてきたようだった。ボウルに合い挽き肉や調味料、卵などと一緒に入れ、よく捏ねる。
「えぇ……。でも今から楽しみになってきたかも」
「あと、文化祭とかは私たちで店出したりするし」
「え、魔導科って何か出してたの?」
「去年は焼きそば屋やったよ」
「そうだったんだ。僕去年は劇の準備でほとんど回れなかったんだよね」
「美旗くんは何の役やってたの?」
「裏方やってたからほとんど出てないよ。せいぜい村人とか」
去年はシンデレラの劇をやったが、僕は照明や小道具を配置したり、人が足りない所では端役などで劇に出たりもして、かなり忙しかった覚えがある。
「美旗くん料理もできるし、器用そうだもんね」
「皆から頼まれたことやってたら結局裏方になったんだ」
「ふふ。ちょっと美旗くんっぽいね、それ」
上比奈知はコロコロと笑っている。エプロンをつけた上比奈知と隣でこうしていると、家に二人だけしかいないような、不思議な感覚に陥ってきた。
「……美旗くん、タネ捏ね過ぎかも」
「あ、忘れてた!」
「うーん、このくらいならまだ大丈夫かな?」
そういうと上比奈知はタネを少し手に取って丸くすると、軽く放ったタネを手で受けるようにして空気を抜いていく。
「良かった」
僕も上比奈知の隣で同じように空気を抜いて成形していく。上比奈知は随分と機嫌が良いようで、鼻歌を歌っている。
「……これで全部できたね。あとはこっちでやるから、美旗くんは向こうで待ってて?」
「うん。ありがとう、いろんなこと教えてくれて」
「ううん、全然。一緒に作ってくれてありがとね」
僕がキッチンから出る時に少し振り返ると、目が合った上比奈知がこちらに手を振る。別にキッチンを出ても目の前のリビングにいるのに、と思いつつも僕も手を振り返し、キッチンを出た。




