第十二話 道半ば
実習が始まって、どれぐらい時間が経っただろう。僕は何十本目かのチャレンジに失敗し、嫌な浮遊感を味わった後にまた橋の手前へと戻ってきていた。
『そろそろゴールが見えて来ましたね』
「はい……。でも、どうしても後ちょっと届かなくて……」
最初の時から橋は短くなったが、依然として向こう側には届かない。確かに少しずつ向こう岸には近づいている。後少しなのだが、どうしても崩落のスピードに加速力が追いつかない。
『そろそろ授業時間も終わりですし、今日はここまでにしておきましょうか』
「もうそんな時間ですか……?」
『えぇ。たっぷり2時間です。お疲れ様でした』
「そんなに……。でもこれどうやって出るんです?」
僕がそう聞くとほぼ同時に、先生のホログラムが立っていた場所に扉が現れた。
『これを開けて戻ってきてください』
「はい」
僕は先生の声に従って、その扉を開けて中に入る。すると広場の外側へと戻ってきた。車の近くには先生と皆もいる。
「あ、お帰りなさい!」
「ただいま……」
上比奈知は赤い髪を揺らしながら、こちらに近づいてくる。
「疲れているみたいだが、どんな実習だったんだ?」
流石に顔に疲労が見えていたのか、アリスからは心配の声をかけられる。
「崩れていく橋の上を全力ダッシュする実習だったよ……」
「アンタの能力って加速だっけ? なら仕方ないんじゃない」
アカリは少し突き放しつつも、はいこれ、と水を差し出してくれた。
「ありがと……。皆が大変なんじゃないかって言ってたけどほんとにキツかったよ」
「でも最後の方は魔道具の動きも良くなっていましたよ」
「確かに扉までもう少しだったような気はします」
「初めてなんですから、これで十分すぎるくらいです。学校に戻ったら軽く終礼をして、終わりにしましょう」
「「「「はい」」」」
こうして僕たちは車に乗り込み、学校への帰路に着いた。
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「さぁ、連絡事項は以上です。皆さん今日も一日お疲れ様でした」
「「「「ありがとうございました!」」」」
僕たちは、また獣道を通って公道に戻り、学校まで戻ってきてようやく終礼を終えた。昼過ぎから出たのにもう時刻は夕方で、実習も思っていた以上に厳しい。
「とりあえず一旦帰ろうか」
「うん。もう疲れたよ……」
教科書をカバンに詰めながらアリスと話していると、アカリと上比奈知は既に帰る準備を済ませていた。
「それじゃ、行きましょ」
「うん。そういえば、アカリ達の方はどうだったの?」
「こっちもキツかったわよ。勝てる気がしないわ」
「勝てる?」
「アンタはホントに基礎の基礎だからなかったんでしょうけど、アタシたちの部屋はいろんな魔道具持ったサキが扉の前に立ってるのよ」
おそらくはこの間見たホログラムの先生なのだろう。本来ならば、あの先生を倒さなければならないということらしい。
「私たちでも勝てるような調整にはなっているがな。本体の先生を相手にしたら、戦いにすらならないはずだ」
「でも、もうちょっとで勝てそうな気がしてきたよね。先生の魔力量も落ちてきてるし……」
「あぁ。ようやくだな」
教室を出た頃は今日の実習について話していたが、皆疲れているようで、校門をくぐる頃には徐々に口数も減ってきた。
「今日の晩ご飯、何かリクエストある人!」
少しどんよりとした空気の中、上比奈知が口を開いた。お腹は空いているが、何が食べたいかと言われればあまり思い付かなかった。
「何が良いかしらね」
「後で買い物しながら考えるのは?」
「それ賛成! 私も何がいいかよく分かんなくて」
僕の提案に上比奈知が乗る。アカリは少し疲れているようで、私は行かないと言いたげな顔をしている。
「アンタが言い出しっぺなんだから、メイと買い物行ってきなさいよ。私は疲れたし家でいるわ」
「僕は別に良いけど……。アリスは?」
「私もパスだな。洗濯物とか当番の仕事が残ってるから」
「そっか」
僕たちが話していると、寮に着いた。行きも近く感じたが、道を覚えた分、帰りはもっと近く感じる。
「ただいまー!」
上比奈知は寮の扉を開け、玄関へと入っていく。
「メイは全然元気ね」
「私回復しかしてないし……」
「ホントはそれが一番キツいはずなんだけど」
二人はそんなことを話しながら、お互いの部屋へと戻っていく。僕も一旦荷物を置きに部屋へ戻ることにした。
「それじゃあ、また後でな」
「うん」
アリスと部屋の前で別れ、部屋の適当な所にカバンを置いて椅子に腰掛ける。
ここで過ごし始めてまだ1日も経っていないが、やはり自分の部屋とは落ち着くものだ。今までも疲れていたとは思っていたが、部屋に帰ってくると一気に疲れがやってきた。
段々と瞼が重くなってきた。上比奈知の買い物に付き合わないといけないが、どうしても眠気に抗い切れない。一旦落ち着こうと椅子に座ってしまったのが間違いだった。
最初は目を開けていられたが、徐々に目を瞑っている時間の方が長くなり、船を漕いでいるのが自分でも分かる。
「……旗くん、そろそろ行くよー!」
部屋の外から上比奈知の声がして、飛び起きた。どれくらいの時間眠っていただろうか。
「美旗くん?」
「起きてる、起きてる! 今出るから」
上比奈知に二度呼ばれ、慌てて僕は部屋の扉を開けた。
「もしかして、寝てた?」
「椅子に座って気付いたら……」
部屋を開けると、ラフな格好をした上比奈知が立っていた。僕が寝ている間に着替えてきたのだろうか。
「どうする? 疲れてるなら私一人で行ってこようか?」
上比奈知は少し寂しげな顔でそう話す。
「いや、ちょっと寝てスッキリしたから着いてくよ。ほんとにすぐ着替えてくるから待ってて」
「うん。待ってるね」
僕は扉を閉め、カバンを漁って適当なTシャツとカーゴパンツを手に取ると、それに着替える。
「お待たせ」
「うん。それじゃ、行こっか!」
上比奈知はそう言って玄関へ向かって歩き出す。揺れる赤髪を目にしながら、僕は上比奈知を追う。
「美旗くんは今日の実習何したの?」
「橋が崩れる前に橋を渡り切る実習やったよ。何回やっても渡り切れなくて……」
「そうなんだ。渡り切れないって、もう全然届かないってくらい?」
上比奈知は少し首を傾げながら、僕にそう尋ねた。
「うーん、あともうちょっとなんだけど、やっぱりまだ難しいみたい。先生が言うには魔道具が壊れかけだから魔力がうまく伝わってないんじゃないかって話だったけど」
「また私の魔道具で直してみる?」
上比奈知の提案は魅力的に思えたが、授業中に少しでも前に進めた以上、まだこのままで挑戦したいという気持ちの方が強かった。
「いや、もうちょっとこのまま頑張ってみたいんだ。どうしても無理だったら頼むかもしれないけど……」
「そっか。なら、ちょっとしたコツだけ話してもいい?」
僕が頷くのを見て上比奈知は口を開いた。
「魔道具を使うときは、その部分を強く意識するの。私だったら、手を治そうと思ったらその手に集中するし、美旗くんのもおんなじようにしたら効率よく魔力が伝わるんじゃないかな」
「意識……か」
「私は全身に流れてる魔力がどんどんそこに流れて、溜まっていく感じ……かな。人それぞれだと思うけど」
正直自分の中ではあまり魔力が流れているイメージは想像できなかった。僕があまり魔力や魔術に関して知識が薄いということも関係しているだろうか。
「全然分かんない、って顔してる」
「ごめん、せっかく教えてもらったのに」
「いいのいいの。美旗くんに合った感覚、探してみて?」
「うん。色々試してみるよ」
僕がそう話すと、上比奈知はこちらを見て軽やかに微笑んだ。その笑顔に思わず足が止まる。
「ふふ、どうしたの? もう店すぐそこだよ?」
上比奈知の後を追っていると、気付かぬ間にスーパーの前へたどり着いていたらしい。
「え、あ、ごめん! ……行こっか」
そんな僕を上比奈知は、にこやかに眺めていた。




