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魔導科寮の黒一点!  作者: 花宮リオ
始まりの1週間!
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第一話 訪問

 授業が終わって家に帰ろうとした僕は、魔道具(クリード)である時計が手元にないことに気付いた。鎖でジャケットのポケットに留めてあったのに。もう魔道具としての能力がないとはいえ、早く探さないと誰かに持っていかれてしまうかもしれない。今日は体育があったからもし落ちているなら着替えた時だろう。

 そう考えて更衣室に向かった僕は、ちょうどその手前で、青髪をウルフカットにした少女が歩いているのを見かけた。この学校でこの髪型にしているのは僕の幼馴染以外に見たことがない。


「アリス!」


 僕が声をかけると、アリスは驚いたのか、振り返った時には灰色の瞳を大きく見開いていた。


「ハル? こんな所で会うなんてな」


「時計を探してて」


「あれを? 壊れているとはいえ魔道具だろう? 探すの手伝おうか」


「いや多分更衣室にあるとは思うんだ」


「更衣室か……。流石に私が入るのはな」


「見つかったらまた連絡するよ」


「あぁ。それじゃあまたな」


こうしてアリスと別れた僕は更衣室を一通り見て回ることにした。自分が着替えていたあたりから棚の下まで見てみたものの、時計は見つからなかった。ここ以外に心当たりはない。壊れているとはいえ、一応は魔道具だし誰かに持っていかれてしまったのだろうか。教室からここまでの道にはなかった上、唯一のアテが外れた僕は一度職員室に行ってみることにした。可能性は薄いが、もしかすると誰かが届けてくれているかもしれない。


「失礼します」


「どうかしましたか?」


 僕が職員室の戸を叩いて声を掛けると、金髪碧眼の先生が顔を出した。確か、魔導科の本宮先生だ。放課後にはほとんどの先生がここに集まっているから、落とし物が届くとすればここの可能性が一番高い。


「ちょっと探し物をしてて。壊れた懐中時計の落とし物って職員室に届いてないですか?」


「動かない懐中時計なら先ほど上比奈知(かみひなち)さんが届けに来ましたよ」


 どうやらカミヒナチという生徒が届けにきてくれたらしい。珍しい名前なのに普通科では聞いたことがない。もしかすると魔導科の生徒だろうか。


「一度見せてもらってもいいですか?」


「えぇ。今持ってきますね」


 そう言って本宮先生は長い金髪を揺らしながら、職員室に戻っていった。時計の落とし物は稀にあるかもしれないが、懐中時計となると今時持っている人はほとんどいないし、それに僕の持っている懐中時計はもう壊れて動かない物だ。十中八九僕の物だろう。更衣室を探して見つからなかった時はどうしようかと思ったが、すぐに見つかって良かった。


「これですか?」


「それです!」


 本宮先生が持ってきてくれた懐中時計は間違いなく僕の物だった。鈍色(にびいろ)の時計は短い鎖でカバンに繋がれていたが、その鎖が切れてしまっていた。


「見つかって良かったですね。それはそうと、この時計を届けに来た上比奈知さんからの言伝(ことづて)ですが、もし落とし主が見つかったら是非私の所まで来て欲しい、とのことでしたよ」


「来て欲しい、ですか?」


「えぇ。魔導科二年A組の生徒です。まだ学校にいると思いますから、もし良ければ訪ねてあげて下さい。これが魔導科棟への入場許可証です」


「分かりました。ありがとうございます」


 魔導科は建物が違って、普通科の人間は許可証がないと立ち入ることができない。魔導科二年A組はアリスと同じクラスだ。もし仮に教室で見つからなくてもアリスに聞けばどこにいるか分かるかもしれない。僕は本宮先生にお礼を言って、まずはA組の教室に向かうことにした。


 魔導科の建物に入るのはこれが初めてだ。学校内でアリスと会うことは何度かあったが、それはほとんど食堂や、体育館といった普通科と魔導科共用の施設付近ばかりだった。魔道具(クリード)は非常に貴重な上、個人の持つ魔道具の能力の開示をすると盗難や襲撃の可能性を高めるからだ。

 僕が持っているような壊れた魔道具ですらある程度の価値がある。戻ってきたのは本当に運が良かった。最悪持っていかれて売り払われるということも考えられた。




♡♦︎♡♦︎♡♦︎♡♦︎♡♦︎♡♦︎




「ここが魔導科……」


 魔導科の建物は普通科とは学園内の少し離れた場所にある。これまで何度か夜に学園の近くを通ることがあったが、普通科の明かりは消えていても、魔導科の明かりは常に付いていた。アリスからは午後から魔導科としての授業があると聞いているが、そんなに多くやることがあるのだろうか。

 二年A組は三階の一番奥にあると聞いた。入場許可証をかざすと扉が開き、僕は魔導科棟へと足を踏み入れた。中は普通科の教室と案外変わらないように見えるが、階段が見当たらない。奥まで進んでいくと階段があったが、一階登ると、階段はそこで途切れていた。


(もしかして、次の階段は向こう?)


 予想通り、三階へと続く階段は廊下を歩いていった先にあった。階段を登ると、二年C組と書かれている教室を見つけた。ということはA組はこの奥にあるのだろう。


(そういえば、ここまで誰も会ってないな)


 ここに来るまで、廊下で生徒と会うことはなかった。それでも教室の扉についている()りガラスの向こうには人影が見えていたから偶然だろう。


「すみません、誰かいませんか?」


 二年A組の教室にたどり着いた僕は教室の戸を叩いてみたが、返事はない。そこで戸を引いてみたが、鍵がかかっているようだった。


「今開けます!」


 部屋を間違えたのかと思って教室から離れようとした時、扉越しに声がした。そしてすぐに扉が開くと、赤髪を綺麗に長く伸ばした赤目の少女が出てきた。


「こんにちは。魔導科二年の上比奈知メイって言います。貴方が時計の持ち主さん?」


 挨拶を終えた上比奈知は、僕の方を見て暖かく微笑んでいる。この様子を見ると、少なくとも悪い人ではなさそうだった。


「うん。普通科二年の美旗(みはた)って言います。何か用があるって本宮先生から聞いてきたんだ」


「そのことなんだけど。まずは中へどうぞ」


 こうして僕は教室に入ったが、中には上比奈知以外には誰も残っていないようだった。しかし、二年A組の教室はその広さに対して、机が三つしかない。その机が中央に固まっているからか、教室は他の教室よりも広く感じた。

 上比奈知に促されて僕がその内の一つに座ると、上比奈知は机を向かい合わせて僕の前に座った。


「その時計って魔道具(クリード)だよね?」


「うん。けど僕が小さい時に壊れちゃって」


 やっぱりこの時計に関する話だった。しかし壊れた時は物心がつく前で、どうして壊れたのかも覚えていない。時計に関して話せることはそう多くはなかった。


「壊れているこの時計、もしかしたら私、治せるかもしれないの」


 上比奈知の言葉は驚きだった。魔道具(クリード)を治せる人がいるなんて聞いたことがない。


「私は治癒の力を持つ指輪を持ってるの。今まで魔道具に使ったことはないから、どうなるかは分からないんだけど……」


「もしかして、試したことない?」


「壊れた魔道具(クリード)なんて滅多に見ないし、私の能力は本来、人や動物に対して使うものだから。この魔道具は誰かから譲り受けたものなの?」


 魔道具(クリード)は使用者の精神と結合する。上比奈知の言う通り、僕が魔道具が壊れた時の記憶を失っているだけで済んでいるのは奇跡に近い。


「これは僕のものなんだ。でも魔道具がどうして壊れたのかは覚えてなくて」


「魔道具が壊れたら精神がおかしくなるって聞いたことあるけど……。すごいね、それで普通に生活できてるなんて」


「でも、魔道具だけじゃなくて、昔の記憶はほとんどないんだ」


「そっか……。ごめんね、無頓着なこと言って。でも魔道具は精神に繋がってるから、魔道具がもう一度使えるようになれば記憶も元に戻ってくるかも……なんて」

 

 上比奈知にそう言われると、僕も少し興味が湧いてきた。記憶が戻ってこれば、亡くなった両親のことも思い出せるかもしれない。


「僕、実は昔の記憶が気になってて。良かったら、試してみて欲しいな」


「うん! ね、時計借りてもいい?」


 僕は上比奈知に言われるがまま、時計を渡した。上比奈知が時計を持ち、しばらくすると指輪が淡く光り始めた。外から見ている分にはあまり変わっていないように見える。


 少し時間が経ったが、上比奈知は黙ったままだ。時計も動く気配はなかった。やっぱり壊れた魔道具がもう一度動くなんてことはないのかもしれない。


「上比奈知さん?」


「も……し……」


 上比奈知が何か呟いたが、この誰もいない静かな教室の中でさえ聞き取れないほどの声だった。

 直後に淡く光っていた指輪の耀きが増し、それに伴って上比奈知の顔色が悪くなっていく。

 教室は涼しいくらいなのに、上比奈知の額からは汗が流れている。その様子がなんだか妙に艶っぽくて、僕は少し目を逸らした。

 そして指輪が一際強く耀(かがや)いた次の瞬間、光は消え、上比奈知は机に倒れ込んだ。


「上比奈知さん! 大丈夫!?」


「これで……」


 自分の身を他所に上比奈知が差し出した時計からは、上比奈知の指輪とは別の魔力をかすかに感じる。


 その時、しんとした教室の中に秒針の音が響く。


 時計が、動き出した。

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