95ピッチ目 クルメイロスの沼
メディロスから低地街道を南に進むこと三日、ようやくあたりの景色が湿原らしくなってきた。
両側に広がる草原にはところどころ小さな沼や池が点在しているし、街道の先にはマングローブのような木がパラパラと生えている森が見える。
あの森まで行ったら本格的に沼地に入るだろう。
「じめじめしてなんだか陰気なところだなここは。こんなところに本当に町なんてあるのか?」
そう思うのも無理はない、あるのは沼と、ぬかるんだ草原と、水生らしい植物の森だけだ。
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森に入ってからはさらに陰鬱な雰囲気になった。
見たこともない巨大な鳥が飛び交っているし、時折気づかずに近づいて驚かした鳥がギャッと鳴きながら飛び去って行く。
いよいよ街道の道もぬかるんできて、馬車を進めるのに気を遣うようになった。
太陽が天頂を通り過ぎ、斜め四十五度に傾いてきたころ、とうとう俺たちの馬車はぬかるみにはまり込んで動かせなくなってしまった。
「まいったな…しょうがない、今日はこのあたりでキャンプするしかないか…」
あたりは陰鬱な湿地の森、正直こんなところでは泊まりたくなかったがこればかりは仕方ない。
まだ日があるうちに薪を拾い集めにかかった。
しかし湿地帯、なかなか思うように薪が見つからず、多少湿った薪を集めるほかなかった。
幸いにも炎のホットキーパーのおかげである程度までは薪を乾かすことが出来た。
「夜になるとほんとに嫌な感じね…火があるからまだマシだけど。それにしてもクルメイロスまではあとどれくらいあるのかしら?まだ明かりも見えないから、あと数日はかかりそうね…」
「クルメイロスまではメディロスから四日と聞いていたが、四日では付きそうにないな…なんたって馬車があの状態だ。明日動かせると良いが」
馬車の車輪はすっかりぬかるみに足を取られている。
全員がため息をついていると暗がりから足音が聞こえていた。
べちゃ、べちゃとゆっくりとぬかるみを踏みつけて歩いてくる音だ、街道からではない。
火にくべていた薪がぱちぱちと弾けて火の粉が上がる。
その足音の主は突然現れた。
「やあやあ、旅人かね?こんなところでキャンプとは。あぁ、馬車がぬかるみにはまってしまったのか。それは大変だったな」
全員身構えていたのにその柔らかい物腰に唖然としてしまった。
唖然とした理由はもう一つあり、現れた彼がかなり巨体の蜥蜴人だったのだ。
「僕はディエゴ。クルメイロスの蜥蜴人だよ。このあたりはよくぬかるみにはまって動けなくなる馬車が出るんだ。君たちも、その一台ってわけさ」
ディエゴはニコッと笑って言った。




