85ピッチ目 登頂
ランジを成功させてフレークを伝って小さなテラスに出ると、そこから上はもうなんてことはない緩傾斜帯の岩場だった。
まるでこのランジがメリセナの壁を登らせまいとする神様の最後の抵抗のようだった。
小テラスで一息つくと、頂上に向けて最後の登攀をスタートした。
ほとんど四つん這いになるような形で登っていく。
ここまでくるともう壁の下の景色は見えなかったが、代わりに壁の中で見たよりもさらに美しく、広大な海とラッツァーニアの大地を見渡すことができた。
あと約五十メートルほどで土の地面になる、というところで二本足で立って進めるくらいの斜度まで壁の傾斜は落ちてきていた。
花崗岩の一枚岩であるこのメリセナの壁は実に素晴らしい、バラエティに富んだクライミングルートだった。
そして頂上へ、木は生えておらず、膝より低いくらいの草が群生していた。
メリセナの壁の頂上から見える景色は息を飲むほど美しかった。
見下ろせば眼下には発展した港湾都市と、その向こうにはどこまでも続く丘陵地帯、町の反対側に目をやると断崖がうねうねと続く海岸線。
このあたりは花崗岩の岩壁が多くあるようだった。
クライミングにはもってこいなエリアと言えるだろう。
俺は草原に寝転がった。
雲の流れはゆっくりと穏やかで、冬とは思えないほど暖かい日だった。
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反対側は草原が続いていて、歩きで登ってきたであろう人たちのつけた踏み跡があった。
登山口には既に旅の道連れ三人と、町の人々が待っていた。
「やっと降りてきたわね!無事でよかった!」
いつもながらオリビアには心配ばかりかけて申し訳ない気持ちになってくる。
「まったくお前は、俺に作らせた道具でとんでもないことをやっていたんだな…実際に見るまではあの壁を登れるなんてとても信じられなかったよ」
ガルバンさんは感心した様子だったが、アーガイルさんは言葉も出ないといった感じでうんうんと頷いていた。
その後も町の人々から賞賛の声を雨のように浴びせられた。
その晩はメリセナに着いた時と同じように酒場で飲み会が開かれた。
ただし今回は市民たちも一緒の大宴会になった。
あの壁は昔から変わらずそこにあるが、あれを登れる人間がいるなんて信じられないと皆口々に言っていた。
たしかにクライミングの技術が無ければとてもじゃないが登れる岩壁じゃない。
さらにクライミングは自分の肉体や技術があっても、それでも常に命のリスクが伴うスポーツだ。
その命のリスクと自分の情熱を天秤にかけて情熱が勝ち続ける者だけがクライミングを、大岩壁を征することができるのだ。




