83ピッチ目 湾を見渡せる塔
そのままカンテを上り詰めていくと、だんだんとカンテは右に曲がっていった。
やがてそのカンテはななめ四十五度くらいまで傾いて岩を右上するルートになった。
そうなってしまえば簡単で、スタンスが悪いからカンテにヒールをかけてじりじりと進んでいくことが出来た。
そのカンテももうじき終わる。
ジャイアントルーフの上がきれいな平地になっていて、今日はここで夜を明かすことにした。
見下ろすと湾全体を見渡すことが出来る。
往来する船や港で動く馬車やそれを引く馬たち、人間は小さすぎて米粒のようにしか見えないが、それでもかろうじて動いていることはなんとなく確認できる。
俺はしばしその美しい景色に目を奪われていた。
しかし日は刻々と傾いてきている。
暗くなる前にビバークの準備をしなければならない。
クラックにピトンを連打して今日のセルフビレイを確保した。
荷物の中からツェルトを出す。
今回持ってきたのは通常の膜状のツェルトではなく、チューブツェルトと呼ばれる分類のものだ。
三角形の筒状になっていて、中で過ごしていれば壁から荷物を落としてしまうリスクも限りなく小さくなる。
ツェルトの中にシュラフを引いて潜り込む。
昨日も朝晩はかなり冷え込んだ。
それに午後になるとこの壁は日が当たらなくなって、登ってくるのに夢中だった時はまだよかったが体を動かすのをやめてからはそれなりに寒さを感じていた。
下半身をシュラフに突っ込んだまま料理の準備だ。
荷物の量もそこまで多くなかったから、今回は贅沢に肉を持ってきた。
持ってきたワイバーン合金製のクッカーに水と肉といくばくかの野菜を突っ込んで、調理師のスキルを封じ込めたコンロに掛ける。
このコンロが便利で、重量もほとんどない金属の板の中心に埋め込まれたスキルの術式が発動すると、板の中心部がだんだんと熱くなってくる。
IHのように熱を持たなければさらに使いやすいが、そこまで贅沢を言ってはいけない。
前世のように重いガス缶がないと山で調理が出来ないのと比べればその便利さは雲泥の差だ。
ふと、俺が次に手に入れるスキルはどんなものになるんだろうと思いを巡らせた。
孤高の嶺もナビゲーターも、これまでに見たことが無いと鑑定士が言うくらい珍しいスキルだった。
だとすると、次も珍しい固有スキルである可能性が高いだろう。
クライミングに便利なスキルだと良いんだけど…
そんなことを考えているうちに、さっき突っ込んだ具材が煮えておいしそうなにおいを立て始めた。
小分けにしてあった調味料をどさっと突っ込んでかき混ぜると完成だ。
冷え込んだ山で食べる鍋がこの世界で一番おいしいといつも食べている時はそう思う。
あっという間に平らげると、ちょっと足りない小腹を満たすために持ってきた菓子を食べてひとしきり満足すると、俺はそのまま眠りについた。




