82ピッチ目 ジャイアントルーフ
ようやく大ルーフの直下までやってきた。
あと二十メートル足らずでルーフの基部にたどり着く。
しかし見たところその縁に横向きのクラックが走っている様子は見えない。
まるで巨人が彫刻刀で削り出したかのように垂壁からルーフへは綺麗に面が変わっていた。
「まいったな、これじゃトラバースできそうにない」
困り果てて両壁に助けを求めるが、つるっとした壁面がそれに答えてくれることはなかった。
しかし左側の面、およそ八~九メートルほど先に俺から見て向こう側に向かっているカンテがある。
あそこまで行ければ何とかその先に進めそうだ。
しかしそのカンテまでの壁はホールドもスタンスも全くない。
その時ある考えが浮かんだ。
前世のエルキャピタンでも見られる有名なテクニックだ。
スイング。
支点からある程度降りたところでロープを固定、振り子のように体を大きく左右に振って遠くにあるホールドを掴みにいく技術だ。
トラバースが出来ない以上それしかない。
ルーフの基部まで登って、そこから二十メートル懸垂、体を振ってカンテを掴みにいくという算段だ。
十メートル弱の距離をスイングするから二十メートルの懸垂下降で足りるだろう。
とにかくやってみるしかない。
スイングの時はある程度支点に負担がかかる。
その点が不安だが、カムとピトンの連打で強固な支点を作る。
二十メートルの基部までの残りをすいすと登って行った。
ルーフの基部に着くと下から見上げたのとは比べ物にならないほどの圧迫感を感じる。
実際には何も触れていないのだが、大人の手で頭を押さえつけられる子供になったような圧迫感を確かに頭頂に感じた。
だが俺はこのルーフとは戦わない。
というより、このルーフと戦うことは人間には不可能だ。
二十メートル、懸垂下降で降りた。
いくらカムとピトンを連打したとはいえ、その支点には一抹の不安を覚える。
しかしすでに懸垂下降で降りてしまった身、ここでじっとしているわけにはいかない。
今日この壁を登り切れないとすれば、今夜を過ごす場所をなんとか見つけなければならない。
意を決して体を大きく振った。
振り子のようにどんどんそのふり幅は大きくなり、壁を走るようにして俺は勢いをつけてカンテめがけて突進していった。
一振り、まだカンテへは届かない、もう一振り、しかしまだ届かない、さっきよりは少し近づいただろうか。
さらにもう一振り、渾身の力を込めて全力で壁を走った。
カンテの手前三メートル、不意に足裏が壁の小さなスタンスを捉えた。
グンッと加速した体はそのままカンテへと到達し、俺は全ての神経をそのカンテを掴むことだけに集中した。
なんとかカンテを捉まえたが、だからといってここで安心できるものでもない。
いまは十メートル近く右側が最後の支点になっている。
つまり、いまもし墜落すれば二十メートル向こう側に吹き飛ばされるということだ。
右へ右へ引っ張られる体をなんとか押さえつけ、俺はカンテをじりじりと登っていった。




