80ピッチ目 チムニー
チムニーに入る。
Tスタックで足をスタックさせてなんとか立ち上がる。
このTスタック、両足が上から見た時にT字になるようにクラックの中に突っ込んでスタックさせる方法だ。
片足の長さだけでは足りない時に空いてしまう隙間をもう片方の足の横幅で埋めるようなイメージだ。
上手く決まれば自重でばっちり効いてくれてかなりの安定感がある。
しかしTスタックも効かない幅になってくると膝と背中で突っ張りながらずりずりと体を持ち上げるように登るしかなくなる。
そうこうしてなんとか進んでいくうちに、クラックの幅の広がり方がだんだんと緩やかになってきた。
その代わりに深い部分の幅が狭まり、外に向かって開いたクラックになってきている。
いわゆる"フレア"しているクラックだ。
カムを決めようにも外側に引っ張られた時に開く方向に力がかかることでクラックから脱落することを防ぎ、結果としてクライマーの墜落を止めるというその構造上、フレアしているクラックでは外側に引っ張られた時に力が伝わるべき両壁がカムの力がかかる方向と水平にならない、つまり力が逃げていってしまうのだ。
俺はワイドクラックのこういうところがどうも苦手だった。
どうしても最後は根性の部分が強い。
もちろんワイドクラックを専門でやっている強いクライマーはいるし、そういう人たちが非常に高いワイドクラックの技術を持っていることも知っている。
あくまで俺とは合わないというだけの話だ。
ともかく今はそんなことを考えていても仕方ない。
四メートルほど上まで行けばカンテを使ってフェースに出られそうだ。
その上には小さなテラスもあるように見える。
力を振り絞って少しずつ少しずつ、しゃくとり虫のように俺は登って行った。
途中、小さなホールドやスタンスをいくつか見つけることが出来て、全くのつるつるのワイドよりは登りやすいクラックだった。
全身を使ってのワイドクラック登攀は思いのほか体力を使う。
息が上がる。
あと二メートル、あと一メートル、そして…
カンテにあるガバをがっしりと握り、ようやくほんの少し傾いているスラブのフェースに躍り出ることが出来た。
純粋な体力の消費と、絶対に落ちられないという緊張で心身ともに疲労困憊だった。
そこからテラスまでは約五メートるほど。
ホールドもスタンスも豊富で簡単にテラスに出られそうだ。
正直今すぐ休みたかったが、あと五メートルは登らなければならない。
あのテラスに出たら大休憩を取ろう。
下のテラスからはまだ一ピッチ、五十メートルほどしか登ってきていないがこのピッチはかなり濃密なピッチだった。




