79ピッチ目 ビッグウォール
翌早朝、再びメリセナの壁の基部に来ていた。
今度はクライミング装備を身に着けてだ。
「それじゃ、多分二日で登り切れると思うからそれまで待っててくれ」
花崗岩の岩壁はフリクションが良く効いて登りやすい。
それにしても、メリセナの壁というこの花崗岩の一枚岩はなぜこんな小さな岬の先端にぽっこり盛り上がっているのか不思議でならなかった。
この一枚岩は小さな岬というか、砂州というか、の先端に鎮座する巨大な岩だ。
現にその岩はこの岩壁がある面以外は土と樹木に覆われている急な斜面になっている。
その先は幅の狭い砂浜があってそのまま海へと続いていた。
そんな最高のロケーションのビッグウォールをこれから登る。
気温と湿度はクライミングをするには快適な具合だ、最高のコンディションと言える。
俺は発達した縦に伸びるフレークを両手で握り、レイバックの姿勢でぐいぐいと高度を稼いでいった。
序盤は傾斜も緩く、快適そうなフレークやクラック、ホールド、スタンスともに豊富でクライミングというより梯子を登っているような気分になるほど簡単なパートが続く。
このパートはフリーソロ(ロープを使わず、プロテクションを取らずに登ること)でも余裕で通過することが出来た。
百五十メートルほど登ったところで第一テラスに出る。幅約一メートルほどのこのテラスから上は壁の角度が途端に垂直になって、急激に難易度が上がる。
テラスを右往左往してルートを探すが、どうやらテラス右端から五メートルほどハンドサイズのクラックを登ったところから続く、大きく開いたワイドクラックを辿るしかなさそうだ。
他にも何本かクラックが走っていたが、途中でリスになり、最後は岩に飲み込まれて道が途絶えているのが見えた。
「ワイドか…苦手なんだよなぁ…」
だが苦手と言っていても仕方ない、このクラックを進むか、撤退かしかないのだ。
こんなところで撤退するという選択肢をえらぶことはありえない。
俺は快適なハンドサイズのクラックにジャミングを決めた。
あくまでテラスからの離陸は快適なクライミング、だんだんと広がっていくクラックにいかに対応していくかがカギだ。
このワイドクラックへの挑戦はさすがにロープを出すことにした。
カムを決めながらぐいぐい高度を稼ぐ。
十メートルほどいくとだいぶクラックが開いてきた。
俺の手でフィストがギリギリ決まるくらいのサイズになってきている。
この先さらにクラックは広がっていくが、体がすっぽり入るチムニーサイズまで広がるまでの中途半端なサイズが最も難しい。
オフィズスやチキンウィングを駆使しながらずりずりと進む。
確かに嫌な幅だが、カンテを使えるところもあるし、小さなスタンスを拾ってガストンで体を持ち上げることができる場面もたびたび出てきた。
そうしてずりずりと進んでいくと、ようやく体が入るサイズ、チムニーのパートにたどり着いた。




