7ピッチ目 初めての異世界登山
異世界でも登山はいいものだ。
済んだ空気も、荒々しい岩稜も、照り付ける太陽も、またその太陽から守ってくれる森も、全てが心を癒してくれる。パワーをくれる。
「やっぱり登山はいいなぁ。オリビアは登山はしたことあるの?」
俺の歩くペースが速いのは当然だが、ある程度ゆっくり歩いているつもりだ。
それでもオリビアがすごく苦しそうにしているのを見ると、おそらく登山はほとんどしたことはないのだろう。
「子供のころに…何度か…したことあるけど…こんなに高い山に登るのは初めてよ…。ノボルはなんで…そんなに楽そうに登っていくの…」
まさに息も絶え絶えといった様子だ。
オリビア分の荷物も今回は俺が背負って登っているから、オリビアは空身で登っている。
それでもオリビアには久しぶりの登山でいきなり十時間行動は応えたみたいだ。
「もう少ししたら休憩しよう。景色が開けてくるはずだから」
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今回登っている山はチルナーダ山、登山用品店のシュピッツェで店員さんが教えてくれた山だ。
標高はそれほど高くない。測量技術が無いから正確な標高はだれにもわからない。
地質は固く締まっている岩でチャートが多くを占めているように見える。チャートというのは堆積岩の一種で、主成分は石英だ。非常に硬いため、風化しにくいのが特徴だ。この山に露岩(地面から露出した岩)が多いのはそのためだろう。
山頂からはマシカラ(現地の言葉で神の住む場所という意味)がよく見えるという。
俺はこの世界の未踏峰がどんなものなのか、どうしても見てみたかった。
登山技術の発展していないこの世界で、未踏峰に登るということが大きな名誉として認められているわけではないこの世界で、まして生きていくことだけで精一杯かもしれないこの世界で、それでも山に登る意味を俺のスキルは与えてくれた。
「オリビア、見えたよ、山頂だ」
これまで見上げても土と岩が続いていた視界には、それ以上先の無い、美しいダークブルーの空が広がっていた。
オリビアは相変わらずしんどそうに一歩一歩踏みしめながら登っている。
「がんばれ、あと十歩」
山頂が見えてからの最後の数十メートルは本当に長く感じる。それまでの疲れもあるし、もう少しでゴールということもあって気持ちが高ぶってしまう。
まだかまだかと心が躍る。
そして山頂を踏む。
それまで遮られていた風が吹き付ける。火照っていた体に心地よい。
なにより素晴らしいのは開けた視界に広がる圧倒的な光景だった。
真正面に悠然とそびえるマシカラ。その裾野にはきらきらと輝く川が流れ、いくつかの集落も見える。
裾野の森林から屏風のように急激に切り立った断崖絶壁からさらに上にマシカラは鎮座している。マシカラ自体も人を寄せ付けない大岩壁に囲まれ、弱点と思えるのは左稜線だけに見える。
ただし左稜線に出るには巨大なルンゼを詰めあがるしかなさそうだ。ルンゼとは雪や水の浸食によって岩壁にできた割れ目、もしくは溝のことだ。
装備があれば十分登攀可能だ。確信した。
「すごい…世界ってこんなにも美しいんだね」
ふとオリビアに目を向けるとマシカラを見つめて涙を流していた。
俺はそのオリビアの表情から目を離せなかった。