67ピッチ目 再びマシカラへ
クライミングジムを作った。
経営も安定しているし、楽しんで利用してくれる常連客もそれなりにいる。
なのになんとなく満たされない感覚。
正体は自分で分かっていた。
もっと自分の登山がしたい。
リーゼホルンでの敗退からすでに半年以上、クライミングジムの立ち上げに尽力してきた。
俺は再びこの世界での自分の原点、マシカラをソロで登ることにした。
前回は下降に使ったルート、そこを登攀する。
決して悪いルートではない。
初めての時はトラバースと崩壊のひどいルンゼの登攀に苦労した。
あのルンゼも、前回の登攀の時に大崩落してしまって今はどうなっているかわからない。
新しいルートを拓くことが求められている。
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「お主またマシカラに登るのか。一度登っているお主なら良い。だが清めの儀式はせねばならん」
あの時と同じようにチャンドラさんはまたマシカラに向けて儀式の言葉を唱えて俺に向けてもまた別の言葉を唱えた。
俺の知っている言語ではないから、何を言っているのかはわからないが…
毎度信じられないが彼女は煙を掴んで俺の体に流していく。
この儀式はなんだか心地よいものだった。
出発は明朝、一緒には登らないがシーカにはラズも来ている。
夕食の宴は二度目のマシカラに挑戦する俺を激励してか、久しぶりの訪問を歓迎してか、名目はわからないが豪勢に催された。
「ノボル、久しぶりだな!俺もお前に教えてもらったクラック、だいぶ登れるようになったぞ!」
こんな声が口々に聞こえる。
嬉しい限りだった。
自分の教えた技術で岩を登って、登れたことを喜んで報告してくれることは。
「だけどノボルの登ったルート、途中でクラックが消えて行き詰まってしまうだろう?あの先はどうするんだ?」
この問いには俺の代わりにラズが答えた。
「行き詰まるのって、あのテラスになっているところだろ?あそこから左側に岩を伝っていくんだ」
「でもあそこって、屋根みたいになってる岩があるだろ。それに俺があそこまで行った時はどっちにも進めないくらいツルツルの岩肌だった。あんなとこを伝っていくなんて無理だ」
この反論はもっともで、確かにあそこは岩を伝っていくことはできない。
「あそこを渡るにはあの屋根の岩にあるクラックにハーケンを打って、それにぶら下がるようにして渡っていくんだ。何本もハーケンを打つことになるから危険だけど、あそこを渡るにはそれしかないと思う」
みんな絶句していた。
あの岩壁を見たものにしかわからない。
それほどあのトラバースは絶望的に危険なのだ。
能登半島地震で被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。
北アルプス地域でも地震による影響で雪や岩の状態が不安定になっていることが予想されます。登山をされるかたはくれぐれもご注意ください。
年末年始のバタバタで更新が遅れました。本日より毎日更新再開していきます!




