66ピッチ目 次なる登攀へ
イシタスが"夕凪"を登った時には、既に陽は傾いて空を焼き始めていた。
ボルダリングは暗くなってからも登ることがあるけど、ココは異世界、何が起こるか分からない町の外では遊んでいる余裕は無い。
「イシタスも初めての外岩で完登出来たことだし、今日のところはこれで帰ろう。まだまだこの辺には登れそうな岩がたくさんあるから、また今度来よう」
俺たちは一路フローデンへの帰路についた。
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「おかえりみんな。外岩はどうだった?」
オリビアが迎えてくれた。
ジムに隣接したところに借りている俺の仮住まいにみんなを呼んでちょっとした反省会をやることにした。
外岩を登りに行った後は何といっても反省会だ。
もちろんそれは反省会と称した飲み会なんだけど…
だがクライマーが集まった飲み会というのは得てして結構ちゃんとした反省会になるものだったりする。
あの岩の何手目が難しいだとか、あのルートはどうだとか、あの人はすごいこの人はすごい、俺は昔あんなルートを登っただとか…
俺はそういう反省会が大好きだった。
世界中のいろんな岩場で、いろんな人と、いろんなルートを登って、いろんな酒を飲んで、、、
そういう体験をこの世界でも出来るようにしたい。
そういう楽しみをこの世界の人たちに少しでも伝えたいと思って作ったのがこのパラレルだ。
とまあこんな話を俺は酒に酔った勢いで滔々と語った。
「突拍子もないこと考える人がいるなとは前から思ってたけど、まさかノボルがこの世界の人間じゃなかったとは、驚いた…」
「そんなこと、あり得るんですね…」
ラズもイシタスも驚きを隠せない様子だった。
その様子を見ていたオリビアだけは、私は知っていたわよ、という顔をしてちょっとドヤ顔だった。
「俺の前の世界では八千メートルを超える山が世界に十四座あったんだ。俺はそのすべてに登った。どの山も本当に厳しい山で、標高が高くなると空気が薄くなって、人間が活動するために必要な酸素がどんどん足りなくなっていく。そうすると頭も働かないし体も動かない。一メートル進むのに一分かかったりするんだ。俺はこの世界に来てマシカラを登った時、はるかに遠くに見えた山々がそういう山なんじゃないかと思う。簡単に近づくことすら許してはくれない山だけど、いつか俺はあれに登りたいと思ってるんだ」
俺の脳裏にはあの時の光景が焼き付いて離れなくなっていた。
とにかくまたアルピニストとして、クライマーとして高峰に挑戦したい。
誰も登ったことの無いルートを登りたい。
ただそれだけのことで頭がいっぱいになっていたんだ。




