64ピッチ目 身長差の壁
「イシタス、惜しかったな。あの一手が止まれば上の方はたぶん登れたよな」
イシタスはすっぽ抜けた右手の指をふーふーしながらうなずいた。
俺も持っていた指がカチからすっぽ抜けるのは何度も経験があるが、その時々だが大体はめちゃくちゃ痛い。
そりゃそうだ、体重をかけて岩にぶら下がっているということはそれだけ指と岩との摩擦係数は高い状態を維持しているということだ。
その状態のまま指は岩にこすれながらカチからすっぽ抜けるわけだ。
とても指皮が耐えられるダメージではないが、一瞬だからなんとかなる…と思いきや、何度も同じ課題のトライを重ねているとあるとき指の腹は擦り切れて限界を迎えて裂ける。
そうなればもうその課題はトライできない。
無理してテーピングを巻いてトライすることも出来なくはないが、当然パフォーマンスは落ちるし、それまでギリギリでトライしていたものがパフォーマンスが落ちた状態で登れるとは思えない。
まあでも、イシタスはまだ一回目のトライだし、痛みもすぐに引くだろう。
「ノボル、俺もトライしてみていいか?」
「もちろん」
ラズもイシタスと同じ形でスタートした。
ラズもほとんど毎日ジムで登っている。
当然彼も同じところで引っかかるだろうと思っていた、しかし…二手目の左手サイドプルであっさり落ちてしまった。
「俺よりラズさんの方が強いはずなのにどうして…?」
俺には分かった。
それはよほどフィジカルに差がないと埋まらない差、身長差だった。
クライミングは高身長だから有利、低身長だから不利、というのはあまりない。
もちろん高身長だから手が届いたり、ということはあるが、逆に体を畳んで小さく収まらなければならない課題だとその身長が不利に働いたりする。
ラズはイシタスと比べて身長が高くリーチが長い、つまり顔の近くでサイドプルをするそのムーブではうまく力が入る方向にそのホールドを持つことができなかったのだ。
「この課題、課題に対しての向き不向きが顕著に出たな。イシタスの方がこの課題は向いているよ。でもラズも決して登れないというわけじゃない。リーチの長いラズなりのムーブを組み立ててみろ」
その後ラズはああじゃないこうじゃないと考えながらいろいろなムーブに挑戦していた。
最終的に一手目を右手カチを取った後、左足のスメア位置をかなり手前にしてなんとかサイドプルを使う方法でようやくポケットに手が届いていた。
「なんとか抜けられそうだよ…いやまさか、ここまで身長差の壁が大きいとは思わなかったよ」




