63ピッチ目 イシタスのオンサイトトライ
24日、25日と連載がストップしてしまいすみません…
雪山登山で外出していました、クリスマス休暇ということでここはひとつ、、、
イシタスは岩と向き合ってああじゃないこうじゃないとムーブ(登る時の体の動かし方)を組み立てていた。
こうしてムーブを組み立てていくことをオブザベーションという。
クライミングはすべからくこのオブザベーションから始まる。
もちろん俺もボルダリングをする時はオブザベをするし、ビッグウォールに挑むときも可能な限り下から見上げてオブザべしてから実際に岩に入っていく。
長いルートを初めて登る時はなかなかオブザべ通りに登れないことが多いが、それでもオブザべしていてよかったと思うシーンは何度となく出てくる。
ボルダリングのように複雑なムーブが絡み合うスタイルではなおオブザべが大切になってくる。
イシタスは誰に教わるでもなく、毎日のジムでのクライミングでこの能力を身に着けていた。
「それじゃノボルさん、ラズさん、行きますね」
真剣なまなざしを岩から外すことなく、イシタスは岩に触れた。
座っている状態からスタートするシットダウンスタートスタイル、より難易度が高いスタート方法だ。
彼の尻がフッと浮き上がり、右手が真上のカチに大きく伸びあがる。
スタートのホールドは両手で持てる比較的良いカチ。
右手でつかむ一手目のカチは外傾した悪いカチだ。
イシタスの右手は一手目のカチを捉えて悪いながらなんとか耐えている。
その状態で左足をスメアして左手を顔の近くのサイドプルに持ってくる。
このパートでは右手をいかに保持できるかがポイントになる。
イシタスはなんとか右手の保持を続けているが、手はプルプルと震えていてかなり悪いカチであることが見ていてわかる。
次は左のサイドプルを持ったまま体を持ち上げてきて、デッドで左手を右手とほぼ同じ高さのポケットホールドに飛ばす。
右手一本で体を持ち上げることは恐らくイシタスには出来ない。
サイドプルと左足のバランスをうまく使ってゆっくりと体を持ち上げてくる。
ここまで上がれば左手を飛ばせる、というところまでイシタスの体が上がってきた。
アツいトライ、それもオンサイトトライにおもわず拳を握りしめてしまう。
「ガンバ!イシタス!」
イシタスは体を小さく引いて、引き込んだ時の一瞬の無重力時間に左手を飛ばした。
彼の左手がポケットを捉えてグッと握り込んだのと、カチを持っていた右手がスパッと抜けるのはほぼ同時だった。
ポケットの指二本ではとても体を支えるのは無理だし、なにより右手が切れてしまっては一気にバランスを失う。
イシタスのオンサイトトライはここで終わりを告げた。
高さはまだほとんどなかったから落ちることに関しては問題なかったが、初めての外岩でイシタスの中に生まれたのは外岩独特の難しさに立ち向かう楽しさと喜びだった。




