58ピッチ目 完成
「ふぅ、これでルートセットは完了かな」
こみ上げる達成感に胸をいっぱいにして、俺は額ににじむ汗をぬぐった。
ルートセットには丸々二週間を要した。
俺の体もクライミングジムの立ち上げに掛かった期間でかなり回復して、ある程度はクライミングが出来るようになっていた。
ウォールの数は十二面、高さ約五メートルのウォールだ。
クッション材を敷き詰めて仮に落ちてもよほど危険な落ち方をしなければ怪我の恐れもない。
十二面のウォールに引かれたルートの数は総数百七本、おおよそ一面に十本ほどの計算だ。
一面のウォールの幅が広いから、大きなホールドをそれなりに使っても一面に十本近くのルートを作ることが出来た。
ほとんど一人で作業を行い、大きなホールドなど複数人で取り付けないと無理な作業だけはほかの人の力を借りて行った。
「いよいよ今週末開店だ。フローデンには既に商会から広告が回っているし、それなりに人が来るだろうな。ラズ、君にはしばらくスタッフをやってもらうからよろしく頼むよ。もちろん俺もリハビリがてらここで働くつもりだから、一緒に頑張ろう」
「俺も仕事しながらクライミングのトレーニングが出来るんだから願ったりかなったりだよ」
「やっと出来上がったのね。ホールド?っていうのかしら、カラフルで綺麗ね」
オリビアも父の手伝いの合間に時々手伝いに来てくれていた。
この二週間、半分泊まり込みでルートセットをしていたからほとんどオリビアの家には帰れていない。
それもあってちょっとオリビアの機嫌が悪いっぽかったが、カラフルなホールドを見て機嫌を直したようだった。
「みんなが手伝ってくれたおかげで思っていたよりもずっと早く立ち上げることが出来たよ。特に商会にはお礼を言わないと…建物からなにからあっという間に手配してくれたからな。それにガルバンさんの工房もほぼフル稼働でホールドをたくさん作ってくれた。使いきれていないホールドもあるけど、おかげで自由な発想でルートを引くことができたよ。開店前夜には前夜祭をやろうと思ってるから、ラズ、それに向けてもう少し準備よろしくな」
経営のことはそこまで深く考えなくても、もし赤字でもいいと思っている。
なにより俺はこの世界の人々にもっとクライミングの楽しさを知ってもらうことがこのジムを立ち上げた目的に掲げている。
カラビナやほかの金属製品の売上が好調だから金のことは気にせず、その目的に向かって頑張っていきたい。
もしかしたら一緒にクライミングに行ける仲間がいつかたくさんできるかもしれない。
世界中のいろいろなクライミングスポットに登りに行って、みんなで盛り上がれたらそんなに楽しいことはない。
またみんなとクライミングを。
そのために俺はこの世界にクライミングを布教する。




