57ピッチ目 ルートセット
数日後、いよいよそれなりの数のホールドが建物の方に届いてきていた。
ルートセット。
前世でもそれなりにルートセットの経験はある。
だが今回はボルトもナットもない。
クライミングのウォールへはガルバンさんに作ってもらった鉄のペグで固定していく予定だ。
俺は床にどっかりと胡坐をかいて座り、腕を組んでウォールを見つめた。
俺がルートをセットする時には大体、自分が昔登った岩を参考にして似たような動きで登れるルートを考える。
そうやってウォールを見つめているとだんだんとルートが仄見えてくる。
ただ、クライミングをしたことが無い人たちが登るルートだ。
そんなに難しいルートを作ってもしょうがない。
主に二級~七級ぐらいを中心にルートを作りこんでいくことにした。
以前東京に住んでいた俺がよくボルダリングに通った外岩のエリアは主に御岳と幕山だった。
御岳と幕山のルートはほとんど登り込んでいるし体にしみこんでいる。
御岳のデッドエンド、忍者返し、それからこのジムでちょうどいいグレードだとマミ岩の四級課題なんかもちょうどいいだろう。
幕山は二級~七級の課題分布が多く、アイアンメイデン、ガンバレ西村君、ドルフィン辺りが参考に出来るだろうか。
なんとなくその岩をイメージしながらそれに使えそうなホールドを選んでルートをセットしていく。
ホールドは本当に多種多様で、ルートセッターとしての腕が優れている人なら名ルートをたくさん作れるだろう。
だが俺はあくまでクライマーであってルートセットが本業ではない。
それでも、人一倍登ってきた経験があるからこそ作り出せるルートというのもあると俺は信じている。
黙々と、一人でルートをセットすること八時間。
ようやく十二枚のウォールすべてに一本ずつルートを引くことが出来た。
いわばその壁のランドマークとなるような、存在感のあるルートをセットした。
ここからはランドマークとなるルート以外の細かいルートをいくつもセットしていく。
ボルダリングのウォールを目にしたことがある人ならわかると思うが、クライミングのウォールは一つのウォールに所せましとカラフルなホールドが取り付けられている。
あのホールドたちはほとんどすべてがルートに使われていて、一つとして無駄についているホールドは無い。
ひたすらまっすぐに登っていくルートだったり、はたまた壁を横切って斜めに登っていくルートだったり、真横に移動してから上に登っていくルートだったり、ルートの考え方はいくらでもパターンがある。
特にルーフ(壁が天井のように覆いかぶさっている部分)に引くルートなどはセットの時に柔軟な発想が求められ、愚直にそのルーフを進んでいくルートがあるかと思えば、上手く隣り合った壁に取り付けられたホールドを使って腕への負担を軽減できるようにセットされているルートもある。
まさか自分がクライミングジムを運営することになるとは思っていなかったが、ルートセットは楽しかった。
この世界に来てから考えることばかりで凝り固まった頭がほぐれていくような気がした。




