52ピッチ目 フローデンへ
リーゼホルンを登れなかった俺たちは一路フローデンへ戻ることになった。
実際問題、俺はほとんど動けない状態だし、ラズは一人で登るのはまだ無理だ。
となればブラスハイムに滞在している必要もなく、良く知るフローデンで療養した方がいいだろうということになった。
ついでと言ってはなんだが、ワイバーンの骨も大量に買い付けて運んでいくことにした。
馬車を借りて二台でフローデンへ向かう。
俺は一台の荷台で相変わらず横になって運ばれていた。
「まだ痛むの?」
オリビアが心配そうにのぞき込んできた。
あれからオリビアは機嫌を直してくれた。
「ありがとう、だいぶいいんだけど大きく揺れるとまだちょっと痛いかな…」
お互いに気持ちを伝えあったあの日から、オリビアとは今まで以上に親密な関係になった。
若いころからこんな風なベタな恋愛はしたことが無かったから、なんとなくむず痒いというか、胸がきゅっとなるというか、漫画でよくある心理状態になっている。
というより、たぶんみんな恋愛をするとこうなんだろうな、とか想像してみたりしている。
ようは浮かれている。
「全く、俺だって心配してるのに置いてきぼりだよなぁ」
もう一台の御者を務めるラズが膨れ顔で言った。
「なんだよラズ、俺のこと好きだったのか?」
「怪我のせいで頭までおかしくなっちゃったのかな?ノボルは」
ずっとこんな調子だ。
はじめは少しよそよそしさもあったけど、今ではこの三人での旅がこの上なく楽しいものになっている。
リーゼホルン南壁は登れなかったが、体を治してまた必ず挑戦するさ。
体を治すまでの間、俺にはやろうと考えていることがあった。
クライミングをもっと広く普及したい。
この世界の人に、クライミングの楽しさをもっと知ってもらいたい。
そんな気持ちから、俺はクライミングジムをフローデンに作ろうと思っていた。
ガルバンさんとアイギスのおかげで金ならある。
(アイギス、俺の怪我、治るまでにどれくらいかかるかな?)
(マスターの怪我の回復にはおおよそ三カ月を要するでしょう。落下時に大きく反り返ったことで腰及び背中に大きな負担がかかりました。骨に異常は見られませんが筋繊維に重大なダメージを負っていることが考えられます。少なくとも数カ月は安静が必須です)
筋肉へのダメージか、骨に異常が無かったのは不幸中の幸いだ。
というより、アイギスがいれば医者いらずだな…
どこかに体を強打したわけではないから、あくまで体が無理に反り返ったことによる筋肉への負担だけで済んだのだろう。
ともかく、安静が求められる間、俺は自分のクライミングは一旦置いておいてクライミングジムの立ち上げに注力するつもりだ。
またガルバンさんにいろいろ頼まないとな…




