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51ピッチ目 オリビアの苦悩


クライマーのことはクライマーにしかわからない。


危険を冒して山に登り、岩壁を登り、頂点に達する。


そこあるのは自分と、どこまでも果てしなく続く雄大な大地と、透き通るようなダークブルーの空。


それ以外には何もない。


都会の喧騒、煩わしい人間関係、忙しない日々の生活、そういうものがすべて消え去る。


その瞬間だけは全てを忘れ、自分という存在が大自然の中に溶け込んでいく。


そういう感覚がこの上なく好きだった。


これはクライマーだけに許されたいわば特権。


だがクライマーを待つ家族は、そのクライマーの特権、もといエゴに振り回され、危険に飛び込んでいった彼ら彼女らの身を案じ、気を揉みながらその帰りを待つ。


クライマー側は家族がそう思っていることをわかっている。


それでも登る。


オリビアは怒っていた。


人の気も知らないで墜落して怪我をして帰ってきた俺の姿を見て涙を流して怒っていた。


そんなオリビアに、俺は今謝りに来ていた。


「オリビア、心配かけてごめん。少し話してもいいかな?」


何も答えなかった。


「俺が行くときからずっと心配してくれてたんだよな。いつも心配かけてごめん。でも俺にとってクライミングは全てなんだ。生き様だ。この世界にきて、またクライミングが出来て心底嬉しかったんだ。俺はまたきっとオリビアに心配かけると思う。でも俺は絶対に死なない。どんなにボロボロになったって俺は君の元に帰ってくるよ」


オリビアはまたその瞳に涙を浮かべて俺をじっと見た。


「私、やっぱりノボルがクライミングに行くのを賛成はできない…今回だって生きて帰って来てくれたからいいけど、一歩間違えたら命を落とすかもしれない…でもあなたはそういってもクライミングをやめられないわよね。でもこれだけはわかって。あなたにとってクライミングが大事なくらい、私もあなたのことが大事なの。それくらいあなたのことが好きなの。大好きなの」


顔が火照っている。


こんなにまっすぐ気持ちを伝えられたことは今までなかった。


どうしよう。


クライミングの時よりも心臓がバクバクと脈打っている。


きっと俺は耳まで真っ赤になっていることだろう。


オリビアはうつむいている。


「オリビア、ありがとう。俺も君のことを大事に思ってる。好きだ、オリビア」


精一杯絞り出した言葉だった。


こういう恋愛ごとには無頓着で生きてきてるんだよなぁ…


恋愛よりクライミングを優先してきた男だから、ひょんなことで付き合っても結局すぐに別れてしまうことが多かった。


でも、オリビアは違う。


思っていることをちゃんとぶつけてくれたし、俺自身、これまでにないこの人を大事にしたいって気持ちが芽生えてる。


オリビアとなら上手くやっていける、俺はそう思った。


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