45ピッチ目 ファーストアテンプト
「いざ南壁の直下に立ってみるとすごい迫力だな。まるで覆いかぶさってくるみたいだ」
「今の俺にどこまでやれるか分からないけど、やれるところまでやってみるよ」
探検隊の野営地に到着した翌朝、ラズと俺は南壁の直下に来ていた。
ほとんど垂直な壁のはずなのに、真下に立って見上げると被っている壁に見える。
登攀距離はどれくらいだろう、八百メートルくらいだろうか。
だが下に立って見上げてみるとぽこぽこしたポケットやフレークが思いのほか大きいことが分かる。
これならいけるかもしれない。
「よし、それじゃあ俺のリードからだ。ラズ、ビレイを頼むよ」
頷いたラズはあまりなれない手つきでビレイデバイスにロープを通した。
正直、ラズが墜落を止めてくれるのはあまり期待していないから、このクライミングは落ちることが許されない。
プロテクション(支点)もそう多くは取れないだろう。
しかしそんなクライミングは前世でいくらでもやってきた。
数千メートルあるような崖を一人で、フリーで登ることもあった。
それに比べればこれくらい。
「クライムオン!」
アイスバイルとアイゼンの歯を岩に引っ掛けて登っていく。
ほとんど垂直なこの壁では小さなポケットや岩の突起、フレーク等にアイスバイルをひっかけて登っていく。
時には小さなクラックに流れる水が固まった氷にアイスバイルを打ち込んで体を引き上げることもある。
グイグイと登っていく。
幸い天気は良好で風も強くない。
クライミングをするには絶好だが、実はミックスクライミングにはここに落とし穴がある。
誰しも、好天の中で登りたいと思うものだが、ミックスクライミングのように氷や雪を当てにして登るルートではその好天ゆえに気温が上がってしまい氷や雪が融けてしまうことがあるのだ。
今のところ早朝だから気温は上がっていないが、今日山頂までアタックするのは無理だ。
今日のところはラズがミックスクライミングに慣れることを目標にしよう。
「ラズ、ビレイ解除!」
ロープがいっぱいになるまで登ったところでクラックにピトンを連打して支点を作った。
下でビレイしてくれていたラズにビレイ解除を告げる。
まもなくしてビレイ解除完了の号令がラズから届いた。
セカンド(二人目のクライマー)が登ってくるのを上からビレイするため、支点にビレイのシステムを構築した。
「OK、ラズ、登って!」
ラズにつながっているロープがゆっくりとたわみ始めた。
そのロープのたわみが無くなるように俺はロープを手繰っていく。
この時逆に引っ張り過ぎてロープが張ってしまうと、シビアなバランス感を要求されているクライマーがバランスを崩して落下してしまうかもしれないから厳禁だ。
やがてラズも俺のところまで登ってきた。
セルフビレイ(落ちないようにスリング等で支点に自分を固定すること)を取ってようやく一息付けた様子だった。
「ノボル、これすごく楽しい!俺、これだったらいけるかもしれない!」
初めてクラックを教えた時のような無邪気な笑顔でラズは俺にそう言った。




