44ピッチ目 リーゼホルン南壁
「よし、もうじき夕暮れだ。今回の探検はこの辺りにベースを張るぞ」
リーゼホルン南壁が目の前に見える平らな氷河の上で隊列は止まった。
ワイバーンの襲撃はあの一回のみだった。
それにしても、リーゼホルン南壁、想像していた通りの見事なフェイスだ。
ツルッとした白っぽい岩は目を見張るほど美しい花崗岩の一枚岩だ。
ところどころにぽこぽこと穴が空いていたりフレークが発達していたりする。
しかしそれらの凹凸もほとんどは雪が詰まってアイスバイルがなければとてもじゃないが登れないだろう。
「ノボル、明日からこれを登るのかい?」
ラズの手は震えていた。
それもそうだろう。
ゴツゴツしたマシカラの山容とは大きく違い、下部から雪に覆われたツルツルの岩肌だ。
マシカラより登攀距離は短いが、岩壁の傾斜が強い分威圧感ではリーゼホルンの方が上だ。
「そうだ。明日からこの岩壁を攻略する。たぶん、ワンプッシュじゃ登れないと思う。あ、ワンプッシュってのは一回の挑戦ってことだ。つまり、何度もトライして少しずつルートを開拓して行くしかない」
「俺に、できるかな?」
「わからない。でもまずはやってみないとな。大丈夫だ、もし登れなくても俺が安全に降ろしてあげるから」
ラズは相変わらず震えていたが、南壁を見上げてそのまま動かなかった。
一方探検隊は慣れた手つきで野営地を設営していた。
野営地にはいくつものテントが張られ、すぐに使わない荷物がそりから下ろされていた。
皆々がリーゼホルン南壁を時々見上げながら作業していた。
この場所ではそれくらい、南壁の存在感は大きいものだった。
「おい、俺の狩りを見たか?」
ジークだ。
相変わらず俺の名前を覚える気は無いんだろう。
「あぁ、見たよ。素晴らしい腕前だ。惚れ惚れしたよ。だがあんたもともと狩猟部隊の隊長だったんだろ?なんで辞めた?」
単純に聞いてみたかった。
狩猟部隊にいた方がみんなに尊敬されて町を守る名誉ある仕事なはずだ。
それをなぜ辞めたのか。
「ぬるくなったからだ。ワイバーンの数が減って、町が襲われる回数も自然と減った。そうなったらこっちから打って出て迎え撃つ必要も無くなった。今の城壁からバリスタを撃つあんなもん、俺に言わせりゃ狩りでもなんでもない。ただのお遊びだ」
なるほど、確かにジークの狩りの腕はあの城壁からの迎撃じゃ全く生かされないだろう。
しかしストイックな男だ、よほど狩りが好きなんだろう。
「俺にとってはな、狩りはただの仕事じゃない。生き様なんだ。その世界じゃなきゃ生きていけねぇんだ」
それだけ言ってジークはまた設営の仕事に戻っていった。




