40ピッチ目 旅は道連れ
ガタゴトと馬車が揺れる。
この一カ月、通るのは三度目だ。
左側に森が壁のように広がり、右側には草原、そしてその向こうには美しい山々。
まるでスイスのような景色だ。
前世でアイガー北壁に登った時にグリンデルワルドからのアプローチで見るような景色。
草原と、雪を冠した山々。
この景色が心を癒してくれる。
「美しい景色だ!マシカラとはまた違った景色だね」
ラズは大興奮だ。
あまりシーカから出たことが無いらしい。
村の人間は村で生まれて、村で生き、村で死ぬ。
一部の、今回のラズのような人間を除いてほとんどがそうだ。
「これから行くブラスハイム、リーゼホルンはもっと美しい場所よ。ラズのリアクションが楽しみね」
ふふっとオリビアがちょっといたずらっぽく笑った。
かわいい。
「オリビアはよく行くのか?その、ブラス…」
「ブラスハイムね。先月行ったけど、その前はずっと昔にお父さんと行っただけよ。あまり遠出はしないの」
ふーん、と言ってラズはずっと山々を眺めていた。
「ラズ、今回持ってきた道具、見たか?」
今回はクラッククライミングではない。
雪と氷に閉ざされた岩壁。
アイスバイルを使ったミックスクライミングだ。
俺とラズの分、四本のアイスバイルを持ってきた。
ラズにはほとんど初めて使う道具だが、実際に登れるかどうかは様子を見て判断するつもりだ。
もし想定しているよりも難しいルートだったら…
その時は俺も潔く撤退することが求められるかもしれない。
「もちろん見たよ。アイスバイルは先にもらってたからちょっと試しに岩を登ってみたけどすごく使いやすかった。軽いし、よく岩に引っかかってくれるね。他の道具類は俺はあんまりよくわからないや」
クライミング道具の使い方はほとんど教えていないからしょうがないな。
リーゼホルンの登攀が終わったらいろいろ教え込んでザイルパートナーとして育てていくつもりだ。
そのためには…
考え出すと止まらなかった。
リーゼホルンを登ってからもやることがいっぱいだな。
「ラズ、今回は俺について登ってきてくれるだけでいいんだ。俺も実際にこれから行く山を近くで見たわけじゃないから絶対とは言えないが、君の力なら十分に登れるはずだ。よろしく頼むよ」
子供のような無邪気な笑顔でラズは笑って頷いた。




