4ピッチ目 登山用品店
「それにしてもすごいスキルだね。新しいスキルを獲得するって。でも選べないからどんなスキルが出るか分からないのはちょっと怖いね」
世の中本当に様々なスキルがあるから、信じられないようなスキルが開花する可能性もあるらしい。その点は確かにちょっと恐ろしいところではあるけど…
「山に登らないといけないんでしょう?それなら道具が必要よね。うちの家からこの町に来るときに見て分かったと思うけど、このあたりには高い山が多いの。だから登山もかなり親しみやすい趣味の一つね。おかげで道具には困らないわよ」
胸を張って豪語するオリビアだが、中世ヨーロッパ程度の文明レベルでそれほど優秀なクライミング用品が手に入るとは思えない。この世界の登山の文化がどれくらい成熟しているかは道具を見たら一目でわかる。
「ついたわ。この町一番の登山用品店、シュピッツェよ」
シュピッツェ、ちょっとは期待できそうな名前じゃないか。それに建物もなかなか大きい。この規模の店があるってことは登山用品がそれなりに需要があるってことだ。
「結構大きい店なんだね。入ってみよう。いろいろ見て回りたい」
扉を開けると古いベルがチリンチリンときれいな音を奏でた。
「いらっしゃいませ!何かお探しですか?」
元気な女性店員が駆け寄ってきた。こんなところは日本の登山用品店と大差なくて、なんだか懐かしい気持ちになるな。
「登山用品を見に来たんですが、クライミングに関する道具は置いてますか?」
「クライ…?すみません、ちょっと分からないのですが…」
ん?
クライミングが伝わってない?
いやいや、良く聞こえなかっただけだ。
「クライミング用品、登山用品店なら置いてると思うのですが…」
「クライミング、ですか?初めて聞く言葉なのですが、どういうものなんでしょう?何かお手伝いできればとは思うのですが…」
嘘だろ?
クライミングの文化がまさかとは思うが、存在しない?
いやでもまてよ、確かにクライミングの技術は比較的新しい技術だ。近代的な登山技術での登山が本格的に始まったのは十九世紀に入ってからだ。中世ヨーロッパの技術水準では当然と言えば当然か…
「すみません、ちょっと間違えたみたいです。登山って、どのくらいのところに登るものなんですか?」
とりあえず濁しておいた。あとでいろいろ考えよう…
「そうですね、このあたりだとチルナーダ山とか、ワガン山とかですかね。どちらも十時間近く登ってようやく山頂に着くすごい山なんですよ!それに山頂からはそれこそマシカラとか、ギルダとかがとてもきれいに見えるんです!」
「マシカラとかギルダっていうのは、山の名前ですか?」
「えぇ、そうです。人間にはとてもとても登ることが出来ないような大岩壁の上にそびえる高峰です。ぜひお客様も体力をつけていつか見に行ってみてもらいたいですね」
えぇ、えぇ、そうでしょう。もはや驚くこともない。目の前に山があっても登山技術が無いから登ることが出来ない。それは仕方ないとして、挑戦する者も現れないのか、とは少し思ったが…
「ありがとうございます。そうしたら、登山靴と防寒着を見繕ってもらえますか?それから登山用のカバンがあればそれも」
かしこまりました、と言って店員は商品を裏に下がっていった。
「なんだか難しい話をしていたね。でもどう?すごい品ぞろえでしょ?」
オリビアが誇らしげに言うから、突っ込みにくいじゃないか…
わざわざ話の腰を折らなくてもいいか。ここは頷いておこう…