37ピッチ目 ワイバーン合金の有用性
アーガイルさんは翌日ポルトマルクを発った。
ブラスハイム近辺の山に登るそうだ。
俺たちはポルトマルクに滞在して今日でちょうど十日になる。
カラビナを海沿いの手すりにぶら下げてからというもの、毎日様子を見てきた。
しかしカラビナには全くと言っていいほど変化はなく、錆のさの字も見えてこない。
(鉄製金属にも関わらずこれほどまでに錆に強くなるものなのか?)
(マスター、これは恐らく表面に保護膜のようなものが形成されている可能性が高いです。金属の種類としてはアルミニウムに近いかと思われます。アルミニウムの表面は即座に酸化して薄い酸化アルミニウム被膜を形成します。いわゆる不動態被膜と呼ばれる被膜です。この被膜が破壊されない限り内部の本体へ腐食が広がることはありません)
そうか、どういうわけか耐食性はアルミニウムのような特徴を持った金属になったのか。
強度に関してはステンレス並みの強度があるはずだ。
アルミ並みの耐食性にステンレスの強度って、もう最強の金属じゃないか?
それにコストも決して高いわけじゃない。
もしかするととんでもないものを生み出してしまったかもしれない。
「オリビア、このカラビナだったらそう簡単に錆びることはないよ。実験は大成功だ。フローデンに知らせに戻ろう」
期待を大きく上回る成果だった。
これだけ錆に強く、軽量、高強度な材質が手に入ったのだ。
しかも世界で俺とガルバンさんしか製法を知らない。
クライミングにおいても有用だが、当然あらゆるものに用いることが出来る。
これはビジネスになる。
生きていくためには金が必要だし、金が無ければ登山も出来ない。
たぶん今度登るリーゼホルンも連れて行ってもらう時にタダってわけにはいかないだろう。
「この金属があればもう生活に困らない。オリビア、今まで世話になった分、今度お返しをさせてくれ。もちろんギデオンさんにもだ。それにだいぶこの世界にも慣れてきたし、フローデンで暮らせる。これ以上迷惑をかけ続けるわけにはいかないよ」
「迷惑だなんて…なんでそんなこと言うの?私やお父さんが、ノボルがいて迷惑だなんて言った?ノボルがいてくれるおかげで、私はフローデンやほかの町にも安心して出かけられるし、お父さんがいないときでも力仕事が出来る。それに私はノボルに一緒にいてほしいの。だからそんな…出ていくなんて言わないでよ…」
オリビアは今にも泣きだしそうだった。
俺はオリビアの家に置いてもらっているこの数か月、最初こそ右も左も分からなくていっぱいいっぱいだったが、慣れてきてからは面倒を見てもらっているという負い目があった。
無条件に助けてくれたオリビアとギデオンさんに何か恩返しをして出来るだけ早くひとり立ちしなければと思っていた。
それがまさか、オリビアがこんな風に思っていたなんて思ってもみなかった。
俺は自分が考えているより役に立てていたってことか…。
「オリビア…わかった。ごめんな。そんな風に思ってくれていたなんて思ってもみなかったんだ。これからも俺はオリビアといるよ」
オリビアは涙目で精いっぱいの笑顔を見せて頷いた。




