21ピッチ目 生還と温もり
「ノボル!」
シーカに戻ってきた俺の姿を見てオリビアが駆け寄ってきた。
「オリビア、無事に帰ってきたよって、うわっ!」
あろうことかオリビアは、二日間の登山で汚れ切った俺に抱き着いてきた。
「無事に帰ってきてくれてほんとによかった…山頂が雲に覆われて風も吹いてきたから心配してたんだよ…」
彼女は今にも泣きそうになっていた。
本当に下からずっと見ていてくれたのだろう。
「ありがとうオリビア。君が祈ってくれていたおかげで無事に帰ってこれたよ」
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「美味しいです。ありがとうございます」
チャンドラさんは登頂して無事下山してきた俺をねぎらって自宅に呼び、ごちそうを振舞ってくれた。
シーカの村のみんなもマシカラに登頂したと聞いて集まってきている。
「それで!?どうやってあの巨大な割れ目を登って行ったんだ!?俺はあそこまでは行ったから分かる。あれは人の登れる壁じゃない!」
何年か前に俺と同じルートでマシカラに挑戦したらしい。
最初のフェースが終ったところから上のクラックが登れず下山してきたそうだ。
「あの割れ目に手を入れて中で力を入れるんだ。そうすると手の筋肉が隆起して膨らむだろう?それをつかえにして登っていくんだ」
わかったようなわかってないような顔をしている。
「わかった、明日実際にやりながら教えるよ。ジャミングっていう技術なんだ」
不思議そうな顔をしているが、実際に登ってきた者の言葉は重く受け止めたようだ。
明日教えてくれると聞いて目をキラキラさせていた。
他の男たちも俺も俺もと、教えてを請うてくる。
明日はずいぶん大規模な講習会になりそうな予感がした。
いつぶりだろう、こんなに大勢に囲まれて温かかったのは。
異世界に来る前から久しく忘れていた、人と人とのつながり、その温もりがここにはあった。
しばらくしてチャンドラさんが奥の席から俺の近くにやってきた。
「ノボル、お主が初めてマシカラに登った男になったわけじゃが、山頂には何があった?神の国はあったか?」
神の国はなかった。
正直、答えに悩んだが俺にはあの山々は確かに神々に見えた。
「ええ、神々は確かにいましたよ。この村からマシカラを挟んでずっと向こうには果てしなく続く山岳地帯が広がっています。その山々はマシカラよりはるかに高く、そしてはるかに険しい。私にはあの山々はまさしく神に見えました」
チャンドラさんはしばらく動かなかった。
不思議と彼女の言葉を待つように、口を開くものは誰もいなかった。
「そうか。なら、よい。お主は、自分自身の中に神を見つけることが出来たのだからの」




