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14ピッチ目 逆層トラバース


一筋のクラックを一心不乱に登ること四時間。


休憩をはさみつつとはいえ、かなりの高度まで登ってきた。


眼下にはシーカが米粒のように見える。


しかし俺は正直このバンドで困難に直面していた。


「どうしたもんかな…クラックが終っちゃここより上には登っていけないし、かと言って隣のクラックまでトラバース(壁を横方向に移動すること)するにしても、この逆層じゃなぁ…」


逆層とは、ホールドやスタンスが逆向き、地面の方に向かっていることを言う。


つまり掴むべきホールドは全て下向き、乗るべきスタンスも全て下向き。


仮に傾斜が緩くても逆層というだけで難易度は跳ね上がる。


ましてや今俺がいるのはほぼ垂壁に近い壁。とてもじゃないがこの逆層の登攀は不可能だ。


正直下から見上げた時はこの逆層のエリアはそれほど問題にならないだろうと考えていた。


まさかこのトラバースが求められるタイミングで逆層エリアが出てきてしまうとは…


「逆層の段差のところに横向きにクラックが走ってるな…あのクラックを使ってエイドで横断するしかないか…」


エイドクライミング、すなわち人口登攀とは、ピトンなどを打ち込んでそれをホールドやスタンスとして登ることだ。


俺は逆層の段差、つまり屋根のようになった部分に走る小さなクラックにピトンを打ち込みながら少しずつ左へとトラバースすることにした。


上向きのクラックにピトンを打ち込んでカラビナを掛ける。


カラビナを手でつかんでほとんどスタンスの無い壁に足を押し当てる。


その状態で左手がフリーになるから、手の届く限り先にまたピトンを打ち込む。それを繰り返す。


もし今右手で持っているピトンが抜けたら、前の行き詰ったバンドを支点に大きく振られて墜落することになる。


ロープが岩に擦れて切れるリスクもあった。


緊張の瞬間が続いた。


いくら落ち着けと言い聞かせたところで心臓は早鐘を打つのを止めはしない。


何せ眼科は数百メートル下まで切れ落ちた大岩壁。


落ちたら確実に命はない。


トラバースの長さはおよそ十五メートル弱といったところ。


落ち着いていつも通りやればクリアできる。


そして四本目のピトンを打ち込んだところだった。


同様にカラビナをかけてそれを手でつかみ、左足を送り出した瞬間。


岩の割れ目から染み出して濡れた岩が、陰になっていて気が付かなかった。


左足は無情にも岩を捉えることなく滑り落ちた。


左側に大きく体勢が崩れる。


とっさに左手でつかんでいた四本目のピトンに体重を預けた。


バキンという音と共にピトンは主人の期待を簡単に裏切った。


かろうじて右手でつかんでいた三本目のピトン一本でぶら下がった。


三本目のピトンはなんとか岩の間から抜けることなく耐えてくれた。運よく。


眼下の空間は今にも俺を飲み込もうと迫ってくるように見えた。


今にも泣きだして逃げ出したくなるほど心臓は早鐘を打つ。


脳は一時的にパニック状態になったが、これまでの経験のおかげですぐに冷静に機能を再開した。


「ハァ…!ハァ…!」


息が上がるばかりで声が出ない。


再び四本目のピトンを打ち込むところからスタートだ。


一本目、二本目のピトンはすでに回収している。残したままだと岩が割れてしまうリスクが高まるからだ。


そのあとは四本目、五本目と順調に進み、なんとかトラバースを無事にクリアすることが出来た。


俺はたどり着いた左方クラック基部のバンドで思わず寝転がった。


体力的には全く問題はない。


しかしこのトラバースは精神的なダメージがあまりにも大きかった。


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