13ピッチ目 取り付き
取り付き(クライミングをスタートする地点)までは快適な道のりだった。
信仰の目的で壁の基部までは人が歩いている跡がついていた。
ほどなくすると道の傾斜はさらに急になり、踏み跡もつづら折りになった。
そしてたどり着く岩壁基部、取り付きだ。
「ここがマシカラの岩壁基部か…最初の百メートルくらいは比較的緩やかなフェースなんだな」
フェースというのはその名の通り、平らな岩壁のことだ。クラックが走っていたり、ルンゼ状になっている部分ではなく、ホールドやスタンスを拾いながら登る岩壁のことを言う。
クライミング用にソールにサラマンダーの皮膚を裏返して貼り付けた靴を履く。
サラマンダーの皮膚は固く、裏側はラバー質になっている。
現代のクライミングシューズに近いものが比較的簡単に用意できたことは幸運だった。
「これで準備完了だな。よし、それじゃ…クライムオン!」
快適なクライミングだった。
ホールドもスタンスも豊富で、はじめのうちはロープを付けずにグイグイ高度を上げていった。
地面がぐんぐん遠くなっていく。
クライミングをしているときは、高度を上げていくとそれだけ視界が、いや世界が広がっていくような錯覚を覚える。
それくらいクライミング中に見える景色というはただ山を登って見る景色とは比べ物にならないくらい燦然と輝いていた。
「ふぅ、最初の百メートルはあっという間だったな。ここからはクラッククライミングだな」
クラックの起点からずっと上まで、見えなくなるくらい上までずっと一本のクラックが走っている。
俺はこのクラックのスタート地点でロープを着けることにした。
ロープで安全管理をしてのクライミングは一人で実施する場合、一度登ってロープを固定、下降して起点に固定したロープをほどく、もう一度上で固定して垂れ下がっているロープを使って同じルートを登攀、という流れになり倍以上の時間を要する。
それでも初めて登るルート、しかも異世界。
何があるか分からないからロープを着けるのは必要だと考えた。
支度を終えて次のピッチを始める。
スッとクラックに手を入れ、中で手に力を込め膨らませる。これをジャミングという。
手首まですっぽり入るサイズの快適なハンドジャム。
一本の美しいクラックをたどるように、時折ナッツを入れながら高度を稼いでいく。
ところどころ立っていられる幅のバンドがあり、そこでピッチを切って登っていく。
クライミングをしている時はここが異世界であることも忘れられる。
山と、岩と、俺と。
俺の世界には今それしかなかった。




