114ピッチ目 雪原でのビバーク
そこからはさらに慎重に進んだ。
歩く順番はあえて変更していない、一度落ちた人間の方が慎重に進むことが出来ると判断したからだ。
太陽もだいぶ傾いてきている。
あと二時間もしないうちにこの谷間では山際に太陽が沈んでいくだろう。
そうなる前になんとか一日目のキャンプを張らなければならない。
自分でも焦っていることが分かる。
俺は逸る気持ちを抑えるべく、落ち着け落ち着けと心の中で何度も唱えていた。
ヒマラヤの高峰はいくつも登ったが、全くの未踏峰、情報も何もない状態でのアタックは初めての経験だ。
俺の経験はあくまで過去の偉大な登山家たちの血と汗の上に成り立っているものだ。
だがこの世界では、俺がその偉大な登山家たちと同じく、果敢に未知なる高峰へと挑戦しなければならない、いや、挑戦することが出来るのだ。
恐ろしさとともに、それを上回る高揚感を感じていた。
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三キロほど進んだだろうか、風が吹き始めた。
今夜はこの雪原の上は暴風が吹き荒れる嵐になるだろう。
しかし向こう側へ渡るには恐らく時間が足りない。
この雪原でキャンプを張るしかない。
日暮れまであと一時間くらいだ、もうこれ以上活動することは危険と判断して今日のキャンプを張ることにした。
雪原でのキャンプは自分たちのちっぽけさを実感させられる。
氷河の両岸は切り立ってまだ青い空を支えている。
荒涼とした氷の野原には生き物の影は自分たち以外には一切見られる、時折吹き付ける突風が雪の粒を横殴りに飛ばしてくる。
そんな中、俺たちはキャンプを張るべくテントを立てた。
飛ばされないよう荷物を中に入れ、大量のスノーバーを氷の中に突き立てる。
ハンマーで打ち込むとスノーバーはスッと氷の中に入っていった。
思っていたよりも氷の締まりが緩いようだ。
これは幸いだった。
もし氷が固く締まっており、テントを固定する手段がないとなると、恐らくテントは夜間の暴風で吹き飛ばされていただろう。
それに、これくらい緩ければテントを守るための防壁を作るためにノコギリで氷ブロックを切り出すことも出来る。
十二人で一斉に作業に取り掛かり、何とか日暮れまでに防壁とテント三張りを張ることが出来た。
防壁作りは日が暮れてからも高さを稼ぐために続けられた。
ある程度の高さを確保しておかないと、夜間の突風に耐えられないと踏んでの積み増しだ。
案の定、薄暗くなってくるにつれて風はその勢いを段々と増していった。
俺たちは早々にテントの中に入ったが、防壁があるにも関わらずテントはものすごい勢いでバタバタとはためいて、今にもぶっ壊れて飛んで行ってしまいそうだった。




