113ピッチ目 大雪原とクレバス
トラバースルートを抜けた先に広がっていたのは大雪原だった。
いや、正確には広大な幅を持つ氷の河、氷河だ。
この氷河の氷が急激に狭まり傾斜を増す部分でアイスフォールとなって崩落している。
この大雪原、一見するととても進みやすいだだっ広いだけの雪原に見えるが、実はここも非常に危険なエリアだ。
アイスフォールに絶えず氷が流れ込んでいるため、その上流の氷は圧力が下がり巨大なクレバスを形成する。
落ちれば当然死ぬ。
もし落下の衝撃で死ななかったとしても負傷していることは確実であり、そのまま救助されなければクレバス内で死を迎える。
そういう人を過去に何人も見てきた。
ヒマラヤではクレバスへの落下で負傷や死亡する事項が絶えない。
なぜならクレバスは、単なる裂け目ではなく予想もつかないような表情を持っていることがあるからだ。
最も恐ろしいのはヒドゥンクレバスと呼ばれるタイプで、クレバスの上に薄く氷が張った状態になっているものだ。
一見すると普通の地面に見えるが、人間が上に乗ると氷が割れてクレバス内へ落下する。
次に恐ろしいのがA型と呼ばれるクレバスだ。
A型とはそのままクレバスの形を表しており、入口が狭く内部が広がっているものだ。
入口が狭いため発見するのが遅れたり、落下まで気づかないこともあるうえ、落下すれば内部が広いから途中で引っかかることなくかなりの深さまで落下する。
さらに入口の狭さ故、ヒドゥンクレバスになりやすく非常に危険なクレバスだ。
そういうクレバスがいくつも口を開けているのがアイスフォールの上流の雪原なのだ。
「みんな、この雪原はとても危険だ。ロープを繋いで進もう」
アンザイレン(ロープで互いを結びあうこと)して雪原に踏み込む。
強風に飛ばされて雪原の表面にはやわらかい雪はほとんど残っておらず、氷の上に薄く雪が舞っているような状態だ。
一歩一歩確実に進んでいく。
アイスフォール上部の危険なエリアは崩落している部分から約五キロ圏内だ。
そこを抜けてしまえば安定した氷河になるはずだ。
と思った矢先だった。
先頭を歩く男が左側に大きくよろめいた。
二人目もロープに引かれてよろめく、三人目は座り込んでピッケルを打ち、なんと引きずり込まれずに済んだ。
クレバスだ。
それも全く気付くことの出来ないヒドゥンクレバス。
もしかすると俺が今いるこの下も…
疑心暗鬼になったら終わりだ。ともかく今は二人を引き上げることを考えないと。
幸いにも二人はそれほど深くまでは落ちていなかった。
クレバスの幅も狭く、落ち着けばなんとか自分でも上がれるくらいの高さだ。
ロープをほかのメンバーで引き上げ、下の二人はクレバスから這い上がることが出来た。
「こんなのが、まだいくつもあるんだろ…?恐ろしいところだな、ここは…」
二人はすっかり恐怖に震えていた。




