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110ピッチ目 過去のトラウマ③


ぶら下がっている畠中を下に見ての大ハングのクライミングはかなり精神的につらいものがあった。


畠中の意識は相変わらず戻りそうにない。


まるで昔からそこにあったかのように、生き物としての温もりを感じさせずにぶらぶらと風に揺られている。


もしかしたら畠中は既に死んでいるのでは?そんな考えが何度も俺の頭をよぎった。


だがそのたびにその考えを振り払った。


もし死んでたら?だったらもし生きてたらどうするんだ、助けられたかもしれない命を置き去りにして、後輩を置き去りにして俺は一人で下山するのか?それで俺はこの先山を続けられるのか?


いろいろな考え、感情が渦巻いていた。


大ハングのクライミングは畠中が残したピトンのおかげで苦労することなく突破することが出来た。


だが、大ハングを抜けた先、フェースに出て愕然とした。


ホールドもスタンスも、ほとんど一切ないのっぺりとした壁だったのだ。


おまけに所々にあるごつごつした岩は逆層、とてもフリーで登れる壁ではない。


「畠中お前、こんなもん登ろうとしたのか…」


畠中はハングを超えてから十メートル以上も上まで進んでいた。


無理だ、この壁を登ってその上から引き上げるなんて、正気の沙汰じゃない。


プランを変更してこのハングを超えた一個目のピンから下降してロープを継いで畠中をはるか下までおろすことにした。


信頼できるかと言えば口を濁すような非力な支点だったが、そこから懸垂下降して畠中の元にたどり着いた時、俺は一生忘れられない姿を目にした。


その石は畠中の左目あたりにぶつかったようだった。


顔の右半分は眠っているようなのに、左目の周りの骨がバラバラになって、眼球と脳は飛び出していた。


俺はその場で空中に嘔吐した。


こんな姿になった人間を見るのは初めてだった。


クライミング中の事故で骨が飛び出している人や、高所登山による重度の凍傷で真っ黒になった指もその目で見たことがあったが、自分を慕う後輩の砕けた頭蓋骨はもっと現実的な恐怖と強烈な嫌悪感を覚えさせるのに十分だった。


畠中は死んでいた。


このままでは俺も畠中と一緒にここで死ぬことになってしまう。


畠中がもし落石で即死せずにいたらこう言っただろう、登さん、俺の分まで山を登ってくれ、と。


そう思うと、帰らなければという思いが強烈に湧き上がってきた。


俺は再び、ユマ―リングでハングへと戻り、畠中の遺体をそのままに唐沢岳幕岩から撤退した。


遺体は後日山岳救助隊によって落下回収された。


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