11ピッチ目 マシカラ山麓の村にて
俺はオリビアと共にマシカラ山麓の村、シーカを訪れていた。
「私もこの方面は初めて来たけど、私たちのいるところに比べるとかなり標高が高いみたいね。ぐっと気温が低いもの」
確かにオリビアの言う通り朝晩はかなり冷え込んだ。
それもそのはず、うっすらと雪が付いたマシカラから吹き降ろす空気は乾燥していてとても冷たい。
シーカの人に聞いたところマシカラからの吹き降ろしは朝晩にあるようだった。
おかげで日中は日が差していれば比較的暖かい。
もっとも、谷あいにあるこの村では日照時間自体も平地に比べればかなり短いのだが…
「ノボルは明日からあの山を登るんでしょ?本当に登れるの?あんな断崖絶壁の岩を…」
オリビアは心配そうな顔をしていたが、俺には登れるという確信があった。
理由は三つ、一つは事前に岩質などを確認したが、チルナーダ山同様、チャートと呼ばれるかなり硬質な岩で崩壊のリスクが低いということ。
二つ目はクライミングに適したルートがあるということ。チルナーダ山の山頂から観察した時には大きなルンゼが走っているのが見える程度で詳細な状況はわからなかったが、近くで見ると思っていたよりもそのルンゼには多くのクラックやバンドが走っていてクライミングに適していた。
最後は俺のクライミング技術であれば余裕を持って登れる難易度だということだ。足掛かり、手掛かり(手掛かりのことを「ホールド」、足掛かりのことを「スタンス」と呼ぶ)が豊富で、どこを登っても登っていけそうだ。
「大丈夫。必ず登ってみせるよ」
一つ問題があるとすればそれはルートの長さだった。
登攀距離としては少なく見積もっても千メートル以上はあるだろう。
ヨセミテ国立公園にある世界最大の一枚岩、エルキャピタンの登攀距離がルートにもよるがおよそ千メートル。
それと同等、もしくはそれ以上となると、クライミング自体に問題はないが長時間山行の技術が必要になってくる。
しかしそれもヒマラヤを登っていた俺にしてみれば些細な問題だ。
長時間参考に必要になる道具はこの異世界だからこそ便利なものがいくつか手に入った。
例えばしばらく前に紹介した「炎のホットキーパー」。
ほかには「空間拡大式水筒」、これは約一リットルほどではあるが、ボトルの口部分のみの小さな入口の中に内部空間を生成し、水を貯蔵することが出来る水筒だ。内部空間の重量は反映されないため、三十グラムほどで一リットルの水を運ぶことが出来る。ただしこの能力では大きいもので一リットル強、内部空間の生成できるサイズに制限があるため水筒や調味料の貯蔵以外の目的では使いにくい。スキル「空間拡大」の能力だ。
グリフォンの羽から作られたダウンはそれなりに高価だが暖かいし、シーサーペントの皮を加工して作られた靴は優れた透湿性を備えている。
俺は異世界もなかなか悪くないなと思い始めていた。




