107ピッチ目 父
「この度は、本当に申し訳ありませんでした」
俺はイシタスのご両親に謝罪した。
予想が難しかったとはいえ、事実イシタスにけがをさせてしまったし、イシタスを岩場に連れて行ったのも俺だ、謝るのが筋だ。
「いえ、イシタスももう子供ではありませんし、自分がやりたいことをして怪我をしたのですから。ノボルさんが頭を下げることではありませんよ」
「そうはいきません。彼を外の岩場に行こうと誘ったのは私です。それに、決して油断が無かったとは言えない状況でした。私の不注意が招いた事故です」
イシタスの父は小さなため息をついて頭をかいた。
「イシタスのやつ、クライミングを始めてから人が変わったように明るくなったんです。ラズさんや、以前ノボルさんにも一度外のボルダリングに連れて行ってもらったでしょう?すごく楽しかったって何度も話すんですよ。私もね、クライミングなんて危ないんじゃないかって最初は思ってました。でもそんなイシタスを見て、あぁ、仲間と一緒に楽しめるスポーツなんだなと思いましたよ。たまたま今回は大きな事故に遭いましたが、イシタスがまたクライミングをしたいと言ったら連れて行ってやってほしいんです。これは私からのお願いです」
イシタスがそんな暗い感じだったとは知らなかった。
今のイシタスからは想像もつかない。
それに、そんなにもクライミングを楽しんでくれていることに心から感動すると同時に、大好きなクライミングを恐怖の対象に変えてしまったのではないかという罪悪感が込み上げてきた。
複雑な感情に思わず俺の瞳からは涙があふれた。
「お父さん、もちろんです…。彼がクライミングをしたいと言うなら僕はいつだって一緒に行きます。クライミングをそんなにも好きでいてくれたとは、僕は…」
最後は言葉にならなかった。
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イシタスは病院に入院になって、ご両親にも謝罪に行った。
ようやく俺の長い一日が終わった。
家に帰り着いた時には日が沈みかけていた。
「ノボル!昨日帰ってくるって言ってたのに帰ってこないから、心配したのよ!」
「ごめんごめん、ちょっと不測の事態があってさ、一日長くかかっちゃったんだ。ただいま」
もう!とむくれてはいたが、オリビアは小さな声でおかえりと言ってくれた。
家からは良い香りがしている。
どうやら料理も作って待ってくれていたらしい。
「今夜はシチューだから、たくさん作ったから食べてね。それに昨日今日の残り物もあるから、ノボルの分」
期せずして大御馳走だ。
いつも心配かけてごめん、オリビア。




