105ピッチ目 緊張と弛緩と
いつも通りで大丈夫、なんてことないピッチだ。
ビレイがないことは考えるな。
岩質を確かめながら少しずつ登るんだ。
脆い岩だったが、大きく体重をかけなければある程度安定している。
俺は十メートル、二十メートルとロープを延ばしていった。
もうすぐイシタスが滑落したポイントだ。
彼の落ちたポイントは、たしかにかなり脆そうなフレークが発達していたようだ。
彼がガバだと思って持ったのは剥がれ落ちたフレークの一部だったのだろう、そのフレークが岩壁と繋がっていたのはほんの一部で、ほとんどが浮いていたように見える。
「なるほど、これは剥がれるわけだな」
イシタスに非はない、これほど大きく剥がれるとは予想できなかった。
唯一、脆そうな岩質だと見抜くことができていたならば強い荷重をかけることはなかっただろう。
外岩での経験値の少なさが出てしまった。
やはり俺がリードで行くべきだったか…
責任を感じた。
だがこうなってしまった以上、今は二人を家に帰すことを最優先に考えなければ。
岩を握る手にグッと力がこもる。
あと三十メートル、楽勝だ。
◆
◆
◆
頂上は樹林帯になっていた。
幸運だ、これならいくらでも二人をあげるシステムを組める。
セルフビレイを取っても俺の緊張の糸は緩まなかった。
ラズには自力で登ってもらう必要がある。
しかしロープは俺、イシタス、ラズの順で結ばれているから、まずはイシタスを引き上げてそれからだ。
「ラズ!これからイシタスのことを引き上げる!もしセルフ取っているなら外しておいてくれ!」
了解の声が下から聞こえた。
三倍力システム、滑車の効果を利用して小さな力で重いものを持ち上げるシステムだ。
イシタスの体重が仮に六十キロだとすると、俺は二十キロの力で引けばいいわけだ。
それに今回は足の踏み込みでロープを上げられるように設置した。
六十キロを上げなくていいとはいえ、二十キロの重さを六十メートル近く上げることはかなりの重労働だし時間がかかる。
まだ起こる可能性のある不測の事態に備えて腕力は残しておくべきだ。
グイグイと足を踏み込んでは上げ、踏み込んでは上げを繰り返し、ロープが少しずつ足元に溜まっていく。
しばらくするとイシタスの体が見えてきた。
ハーネスにぶら下がったままでは腰と背骨にかかる負担が大きいと判断したのか、ラズがイシタスの体をある程度固定してくれていた。
イシタスは意識がないままだったが、なんとか壁上まで引き上げることができた。
すぐさまセカンドのビレイ体制に入り、ラズを登らせる。
決して難易度の高いクライミングではない、ラズも余裕で登ってきた。
俺たち三人が壁上でセルフビレイを取った時、ようやく俺の緊張の糸がフッと緩んだ。




