104ピッチ目 フォール
まるで俺が前世で死んだ時の再現だった。
剥がれた岩と一緒にイシタスが岩壁を転げ落ちてくる。
俺にできることはその岩雪崩を避けることだけだった。
セカンドで登っていた分、ロープが大きく出ることはないはずだったがイシタスは止まらない。
見るとラズも上から落ちてきている。
ラズのビレイが悪かったのではない、このピッチだけ脆い岩盤が剥き出しになっていたのだ。
チャートの山だと思って油断していた。
表層には脆い岩が張り付いていたのだ。
誰も登ったことのない新ルートの開拓ではこういった脆い岩を剥がす作業を行ったりする。
今回のルートはグレードも低いから、という点でも油断があったことは否めない。
どうする、どうしたらいい、考えろ!
岩雪崩のすぐ上を転げ落ちてくるイシタスには手出しできない。
ラズは?
ラズもスラブの斜面をゴロゴロと転がり落ちてきている。
中間支点は上から一ピン、ニピンは落下荷重で吹き飛んだ。
三ピン目、頼む…!
ラズの体が三ピン目で止まり、バタンと壁に打ち付けられている。
イシタスは出ているロープ分まだ滑落している。
そしてロープが全て伸び切った瞬間、ラズが止まっていた三ピン目に強烈な落下荷重がかかる。
ボゴッと嫌な音がして三ピン目も引っこ抜けた。
ダメだ、あれじゃ止まらない…!
ラズとイシタスの落下しているラインは微妙に左右にずれがあった。
ラズが落ちていくラインと、イシタスが落ちていくラインの間、ちょうどロープが引っかかりそうなところに太い木が一本生えている。
もうあれしかない、あれに引っかかるのを祈るしかない。
そして…
ピンっと張ったロープに二人の体がぶら下がって滑落は止まった。
木がしっかりとロープを受け止めていた。
「ラズ!イシタス!!大丈夫か!?」
「あちこち痛むけど、俺の方はなんとか平気!だけどイシタスが…!」
イシタスの体はボロボロだった。
意識もないように見える。
三十メートル近く、岩と一緒に壁面を滑落したのだ、無事である方が奇跡に近い。
幸いロープに岩がぶつかってダメージを受けたことは無さそうだった。
上までは今のピッチを入れてニピッチ、直登すればロープをいっぱいに延ばして一ピッチでも繋げそうだ。
「ラズ、そこでイシタスのこと引き上げられるか?俺が上まで登って二人を引き上げる」
脆い岩質のピッチをビレイ無しで登らなければならない。
落ちれば俺も二人と同じ運命だろう。
いや、もし俺が落ちれば二人を巻き添えに崖下まで滑落しかねない。
決して難しいピッチではないが、絶対にミスは許されない緊張のピッチが始まろうとしていた。




