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1ピッチ目 墜落


クライミング。


元来、歩いての登頂が不可能な山に登るために、断崖絶壁を登攀する技術のことを言う。


その技術は長い時間をかけて洗練され、ついにはスポーツとして楽しむまでに昇華された。


オリンピック種目に選ばれたことで脚光を浴び、日本でもボルダリングブームが盛り上がった。


日本全国、都会から地方まで幅広くクライミングジムが普及し、現在ではクライミングの選手がテレビCMで起用されることも珍しくない。


また、人口のウォールを登るスポーツとしてのクライミングがある一方で、天然の岩壁や大岩を登るクライミングも存在していた。





ゴォォォォォォォォォォォォ――――――――


常時突風が吹き荒れるフェースに一人の人間がへばりついている。


雪と氷の張り付いた岩はその人間の眼下のはるか下まで垂直に切れ落ちていた。


その人間は両手のアイスアックスをクラックに突き刺して体を支えている。


「俺は登るぞ!この壁を!!」


懸命に手を伸ばし、次のクラックへとアイスアックスを突き刺して体を持ち上げる。


彼の体は今にも吹き飛ばされそうだった。


ヒマラヤ山脈奥地、未踏の岩壁を一人で登攀する彼の名は、岩岡いわおか のぼる、ヒマラヤ十四座の登頂に成功した人物である。


ヒマラヤ十四座とは、その名の通りヒマラヤ山脈に属する十四の山のことであり、そのすべてが標高八千メートルを超える高峰。


世界で八千メートルを超える高峰はこの十四座をおいてほかにない。


八千メートルという標高は人間にとってそこに存在するだけで生命を消耗する領域であり、デスゾーンと呼ばれる。


代謝によって消費する酸素とより呼吸によって大気から取り込める酸素が少なく、長時間滞在することで慢性的な酸欠となり、いずれ死に至る。


彼の戦っている領域はそういう領域の山だった。


苦しい、冷たい、痛い。あらゆる苦しみがのしかかってくる。いっそ飛び降りてしまえばどれだけ楽だろうか。それでも彼は登った。無我夢中で。


ひたすら手を出す作業を繰り返してどれくらいが経っただろうか。


気が付くと目の前に壁は無く、数十メートルの緩やかな雪面が山頂に向かって伸びていた。


一歩一歩、雪を踏みしめて進む。信じられないほど重い脚を持ち上げて。


そして彼はたどり着いた。山頂へ。





日本に戻った彼は岩場でのトレーニングにいそしんでいた。


国内でもトップクラスのクライミングスポット、瑞牆山である。


薄い岩の棚に指をかけ、少しずつ高度を上げる。


取り付いている壁は前傾しており、常に重力が昇を落下させようと引っ張っている。


次のポケット(岩に空いた指を入れて保持できる穴)まで少し距離がある。思い切って飛び出す必要があった。


脚に力を込めて蹴り出そうとしたその瞬間、彼が足を置いていた小さな岩棚が崩壊した。


剥がれた岩板がロープを直撃し、いともたやすく引きちぎった。


あっという間だった。彼の体は真っ逆さまに墜落し、頭から地面にたたきつけられた。


彼の記憶はそこで途切れた。


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