今、何て言ったの?~アンジー~
傷心を慰めようと、“ソロキャン”をしようとしたのに。
途中まではうまくいっていた。
でも猪が現れ、なぜかルディが登場し、そして私の兄弟がここに向かってきている可能性が高い。
なぜ……?
猪が現れたのは、不可抗力に思える。猪は森に住んでいるのだから。闖入者は私だ。
だがルディが来るなんて想定外。大事な20歳の誕生日パーティーなのに。本当にどうして?
兄弟は……私の手紙に気づくのは、日没後の想定だった。社交クラブに行っていることは分かっていたし、帰宅は夕方以降だと思っていた。そうなれば。もう日は落ちているし、あの子はこうと決めたら曲げないからと、やって来ても明日の朝のはずだった。一晩独りになれば、かなり気持ち的に楽になるだろう。だから明朝兄弟が来るなら、それでいいと思っていたのだ。
とはいえ置手紙をしたのは私であり、兄弟が予想より早く来たとしても……これはもう仕方ない。
となると、完全なイレギュラーはルディ!
私は……婚約破棄をしたし、ルディとララはハッピーエンドになったのではないの? これでもうエンディングではないの……?
今、この時間はシナリオにはないもののはず。
シナリオによる強制力からは、解放されたわけではないの?
最悪な考えが浮かんでしまう。
ルディにこの後、私は何を言われるの?
まさかシナリオ通りに「二度と話さない」「新しい婚約者の紹介」を聞かされるの……?
そうしないとエンディングにはならないの?
その瞬間。
逃げよう。
そう思っていた。
ここから逃げた後の算段など何もない。
ただここでこのままルディが戻るのを待っても、悲しい結末しかないように思える。だからもう後先考えず、荷物も放置し、武器も持たず、歩き出していた。
歩き出したが本能で。
ちゃんと熊避けパウダーのトラップのことを思い出し、それはきちんと避けて、森の中へと進んでいく。
これだけ唐辛子がまき散らされているから、しばらく獣はこの辺りには近づかないわね。
あ、そうだ……。
靴の裏に唐辛子をつけ、それから歩き出す。
森の木々は似たり寄ったりに見えるが、獣たちと同じ。ちゃんと印をつければ迷うことはない。目に入る幹には「米」マークが刻まれている。これは私がつけた印。この印があるところまで、私が来たことがあるという証でもある。
そう。ソロキャンをするため、この周辺については把握していた。
でもここから先は……。
そこはまだ足を踏み入れたことのない未知の領域。
未知の領域と言っても、見えているのは見慣れたような木々。
そこに何かホラーを感じさせるような要素はないのだけど……。
そうだとしても。
何があるか分からない。
見慣れた木々だからこそ、印もなければ迷う。
何も持たず、身一つで進むのは……自殺行為に等しい。
私は……とても傷ついているが、死にたいわけではない。
どうしよう……。
そうだ、この近くに洞窟があった。
そこに行こう……。
いや、でも……。
あの洞窟は害虫が多かった。
それは虫避けになる精油がないと辛いレベル。
いくら“ソロキャン”が好きで、狩りができても、害虫については話が別だ。
どうしようかな。
考えた私は……木に登ることにした。
どうせさっき、木に登るつもりでいたのだから。
着ているワンピースがボロボロになろうと構わない。
幸いなことに、私は高いところも苦手ではなかった。
だからすいすい登って行き、いい場所を発見した。
ここなら幹を背もたれに、少しは寛げる。
一応確認したが蜂の巣とか、害虫は見当たらない。
これからどうしようかな。
この木にいることも、すぐ見つかるかしら……。
見つかる可能性は……高い気がする。
だって。
ルディはあの獣耳により、聴覚がとても優れていた。さらに人間と同じ鼻をしているのに、嗅覚も優れている。匂いで辿られないよう、唐辛子パウダーを靴底につけて歩いてきたけど……。どうかな。私の匂いを嗅ごうとして、鼻をひくひくさせたら、唐辛子パウダーを吸い込んでしまう――ということを期待したわけだけど。
そこで重要なことに気が付く。
ルディはゲームのシナリオの強制力で来たのかもしれないが、兄弟は……。突然、婚約破棄をした私を心配し、追って来てくれただけのはず。
兄弟にララのことを打ち明けるべきか。
いずれ、ララのことは噂になるだろう。隠そうとして隠しきれるわけがない。ならば兄弟には、もう打ち明けてもいいだろう。
……そうか!
私を探しているのはルディだけではない。兄弟も探している。ならば兄弟と話すと言い、ルディと話す状況を回避すればいいのでは? そうすれば「二度と話さない」「新しい婚約者の紹介」を聞かないで済む……!
現状では名案に思えた。
ならばと木を下りようとしたまさにその時。
「いた! アンジー。もう、大変だったよ。アンジー、熊避けパウダー踏んだだろう? アンジーの匂いを追いかけようとしたら、唐辛子のパウダーを吸い込みそうになって……。本当、あれ、危険なんだよ」
下を見ると、こちらを見上げるルディの瞳は潤んでいる。獣耳も元気がなく、その姿を見た私は思わず。
「ご、ごめんなさい、ルディ」
謝罪していた。
するとルディは瞳を潤ませたまま、笑顔になる。
「いいよ、アンジー。僕はアンジーが大好きだから。例えわざと踏んでいたとしても、許すよ」
「!」
今のルディの言葉に、心臓がドクンと反応する。
い、今、私を好きと言った?
言った……わよね!?